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散歩
さんぽ
作品ID61061
著者佐佐木 茂索
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻32 散歩」 作品社
1993(平成5)年10月25日
初出「中央公論」中央公論社、1926(大正15)年11月号
入力者ネコステ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-11-11 / 2022-10-26
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ――そんな風で澄江堂の話はなかなか尽きない。そして、いつの間にか僕らは銀座をあとに京橋を渡り、もう春陽堂の前あたりを歩いてゐた。丸善へでも寄つて、それでおしまひかと思つてゐると、飾窓を一瞥しただけで、
「ところで君。――」とか何とか、澄江堂の話は程なく室町を通り抜けてしまつた。今川橋も何ごともなく過ぎて、僕らはやつと万世橋でその日の散歩を終りにすることが出来た。また別の日は此逆に、上野から日本橋まで疲れる気色もなく歩き続けたこともあつた。これらは、もう七八年にもならうか、澄江堂が我鬼先生の時分で、お互に健康な時代の一両日だつた。健康な時代と云へば、これらよりもづつと以前になるが、詩人金子光晴と僕とは浅草からの帰り、田原町から上野山下に出、須田町から九段を通つて牛込見附神楽坂を過ぎ、当時住んでゐた小石川水道町まで歩いたことがある。何を語り合つてゐたか忘れたが断へずおしやべりを続けてゐたことは事実であり、長途の割にはくたびれもしなかつたやうである。だがこんなのは散歩とも云へないものかも知れない、散歩だとしたところが凡そ無思慮な散歩と称すべきであらう、ただ歩いたといふに過ぎないものかも知れない。
 此間、下谷根岸から三田の慶応義塾まで犬を連れて歩いて来たといふ青年を見て、帰りはどうする気だらうと其無鉄砲に驚いたが、顧ると僕と雖も年少の頃はその程度のことは無鉄砲とも何とも考へずにやつて来たのだつた。

     ◇

 僕は嘗て「ある日歩く」といふ小説を書いたことがある。だから――及その他の理由から、僕は散歩が好きらしいと思つてゐる人もあるそうである。だが、殊さら「ある日歩く」と珍らしそうに書くだけに、実は歩くのは余り好きな方ではないのである。何かと云ふと、すぐ乗り物を利用したがる方である。散歩といふ文字は、如何にも軽快で、散歩慾をそゝるに足る十分の魅力を具備してゐるが、さて現実の散歩といふもの、大抵は埃りつぽく、くたびれ易い変なものである。散歩といふ軽快な文字に誘惑されて出かけた帰り、重くるしい気分に、若し少しでもなつてゐなかつたとしたら、――そんな健康な人は幾人あることだらう、羨ましい次第である。ケエベル小品集には、日本には散歩に適する径がないと書いてあつたと記憶するが、「日本には」と大きく出ていいか悪いか分らないが、とにかく余り好適の散歩場所のないのは事実である。
 僕は今郊外目黒に住んでゐるが、「郊外」などといふ文字も字面が軽薄らしいだけで、実は軽薄でも重厚でもなく、ただのつまらない田舎といふ意味に過ぎない。その郊外に住んでゐると、散歩するには事を欠かないだらうとは誰でも云ふことであり、僕自身も郊外に住んでから大いに散歩してみるつもりでもゐた。だが移り住んで丁度一年、僕は近所の有名な甘藷先生の墓さへ、つひ両三日前に通りすがつただけだつた。
 目黒と東京と、…

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