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女忍術使い
おんなにんじゅつつかい
作品ID61118
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集16」 ちくま書房、筑摩書房
1991(平成3)年7月24日
初出「文学界 第五巻第八号」文藝春秋新社、1951(昭和26)年8月1日
入力者持田和踏
校正者友理
公開 / 更新2023-06-28 / 2023-06-19
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 二、三週間前、熱海へ寄ってきた某記者が、「林芙美子さんからです」
 と云って、ウイスキー一本ぶらさげてきた。例の桃山荘で仕事中の由であった。彼はその翌日、林さんの仕事ぶりを偵察に行くというから、
「よろしく伝えて下さい」
 その晩、彼はくさって戻ってきた。
「坂口さんから、よろしく、という御伝言が宙ブラリンになりまして。この鼻の、ここんところへブラ下ってるんですけど、見えませんか。林さんはすでに東京へ戻ったそうです」
 彼女はよく動く人だったね。私はいつもそれに感心していた。しかし、女というものがよく動くのかも知れん。世界には二ツの女があって、家庭の主婦というものは家の中でしか動かないし、主婦でない女は家の外でしか動かんものだが、とにかく女というものは生きてる証拠に動いてるようだね。林さんだけがよく動くんじゃないらしいや、と云ったら、
「へエ。私はまたどこへ行っても同じ場所に居るようだわねえ。アア、忍術が使いたい」
 と言った。私が上京してモミジで仕事してると、深夜二時半ごろ彼女は男の子のコブン二人つれて遊びにきた。時には男の子と女の子のコブン十人ちかくひきつれて現れることもあった。その深夜に現れた時はあんまり酔っていなくて、
「変だわねえ。午前の二時半だってねえ。ウシミツ時じゃないの。お酒に酔っぱらいもしないで、どこをウロついてたんだろう。シラフで帰るとかえってウチのヒトに怪しまれるから、安吾さん、のましてよ」
 こう云って、ハッハッハ、と笑って、
「私ねえ。あなたッて人が忍術使いに見えんのよ。コロコロコロッと呪文を唱えるとウイスキーと七面鳥の丸焼きをだしてくれるのよ。巴里の街には忍術使いらしい人ずいぶん見かけたけど、日本はダメだわねえ。安吾さんぐらいのもんじゃないの」
「オヤオヤ。あなたがそうじゃないのかね」
「私の呪文じゃ出てくれるのはカストリぐらいのもんだわねえ。マッカーサーかなんか招待して、コロコロッて呪文を唱えて、帝国ホテルでカストリだしちゃって。私がねえ。ハッハッハ。でも、ねえ。カストリでもいいわよ。欲しいとき、それがきッと出てきてくれると思いこんで生きられないものかしら」
 彼女はニヤニヤ笑った。
「自分のカラダがフッと消えるといいわねえ。ヒョッと居なくなっちゃうのよ。時々ヒョッと現れるのよ。もう出てこなくッてもいいじゃないの。三百年前の大阪の陣のさなかに敵陣へ忍びこもうとフッと姿を消しちゃって、にわかにオックウになッちゃッて、戦場からそれちゃってさ。今もって姿を現さないスネ者の忍術使いがいるような気がするわね。いまだに、どこかに頬杖ついて退屈してるのよ」
「広島で頬杖ついてたとき、原子バクダンで死んだとさ。そういつまでも生きてちゃ気の毒だよ」
「思いやりがあるわね」
 彼女はかなりお酒をのんでから、今の話を思いだして、
「あなたは六百年あ…

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