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「珊瑚集」解説
「さんごしゅう」かいせつ
作品ID61125
著者佐藤 春夫
文字遣い新字新仮名
底本 「珊瑚集」 岩波文庫、岩波書店
1991(平成3)年11月18日
初出「珊瑚集」岩波文庫、岩波書店 1938(昭和13)年9月1日
入力者きりんの手紙
校正者
公開 / 更新2022-12-03 / 2022-11-26
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 荷風先生は毅然たる現実主義精神を抱いた散文作家であると同時に、一面には嫋々たる抒情詩人である。この両面を解して後はじめて先生が真面目に接し得られるというべきである。先生のすべての傑作はみなこの両面がさまざまな釣合を保ちながら渾然融和の妙趣を発揮している。いずれも散文精神の伴奏として陰翳のような役割をしている先生の詩情が、詩の形をとって真正面から打ち出されたものがない代りに、先生がその詩情を培い詩魂を鍛冶されるために常に読誦される海外の詩篇を、愛誦のあまり訳出されたものの一巻がある。この珊瑚集が即ちそれである。
 集ははじめ大正二年四月下浣、ボードレエルに関する四葉ヴ※[#小書き片仮名ヱ、127-9]ルレエンに関する三葉の外レニェエの肖像以下数葉合せて十三葉の写真版を挿画とし、赤いマーブル紙をヒラに赤いクロースを背にはぎ分けた華麗な装釘で発売された。版元は籾山書店である。後年春陽堂文庫がこれを収めて普及版とした外、近ごろ第一書房が覆刻を新装上梓した。
 本書は籾山版を底本として第一書房の新版を参酌の上その改訂に従い、また「菊花の歌」「あまりに泣きぬ若き時」の二篇をも加えていささか最後に出た版本たるの意を用いた。先生もこれを諒せられて御自身進んで厳密な校正の筆を執られた間にテニヲハ振仮名行間のアキなど三四の瑣細ながら重要な加筆改訂を賜わった。
 書名の由来は籾山版にある序文に明であるがこの序は旧文の意に満たぬものが多いという理由で先生がこれを削除せられたから、先生の意を体してここにも引用に及ばない。
 篇中の諸作の初出は、多く「スバル」「三田文学」「アルス」あるいは「ザンボア」などの諸誌であったかとおぼつかないながらに記憶している。いずれにせよ、先生が三十歳を余り多くは越えさせられなかった当時の業績である。当年のわが詩壇は『思ひ出』の北原白秋、『廃園』の三木露風『道程』の高村光太郎氏などが活気を呈していた。先生は白秋が一詩の竹枝の調を帯びたものに対して「紅茶の後」で推賞された。先生の詩と詩壇とに対する関心を見るべきである。
 追加の二篇のうち「菊花の歌」は初め雑誌「花月」の余白を埋められたものを摘み採られた。「あまりに泣きぬ若き時」は小説「雨瀟瀟[#「雨瀟瀟」は底本では「雨蕭々」]」の本文中にその原文と対照して作の一部分を構成していたものである。ともに春陽堂版以来本集に収載されたものである。
 これらの「訳詩について」は先生御自身が「荷風随筆」の一項にこれを記しておられる。特志の向は同書(一八五頁―一九五頁)に就いて見られるがよいが、ここには本集と直接関係があると思われる部分を抜き出して参考に供してみる。先生の曰――
「……一時わたくしは鴎外柳村二先生の顰に做って[#「做って」はママ]、西詩の翻訳を試みたのも、思えば既に二十年に近いむかしである。当時わたくしが…

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