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歴史探偵方法論
れきしたんていほうほうろん
作品ID61137
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集16」 ちくま文庫、筑摩書房
1991(平成3)年7月24日
初出「新潮 第四八巻第一一号」1951(昭和26)年10月1日
入力者持田和踏
校正者ばっちゃん
公開 / 更新2024-02-17 / 2024-02-12
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は歴史については小学校一年生でちかごろ志を立てて読みだしたばかりだから多くのことは知らない。
 けれども、一年生ながらもお歴々の大先生方の手前をはばからず言わなければならない一ツのことがあると思うようになった。それは歴史というものはタンテイの作業と同じものだということである。ところが歴史学者はタンテイ作業が劣等生で、その方法に於て筋が立たず、チンプンカンプンで、犯人を牢屋へ閉じこめるわけではないから大問題にもならないけれども、推理の方法に於てこう劣等生では学問としてあまりにたよりない。
 歴史というものがなぜタンテイと同じであるかというと、すべて証拠によって史実を判断するものだからだ。完全にそれ以外のものではない。文献的な史料による場合もそうであるし、遺蹟、古墳等を発掘する考古学的な場合に於てもそうである。後日の発掘などということを知る由もない古代人が何も知らずに残した遺跡であるから、その遺跡から殺人犯の指紋を探す必要はないけれども、殺人犯人の指紋をつきとめるだけがタンテイ作業の限界ではない。この家に住んでいた人間(犯人)はどんな生活をしていたか。一見したところ用途不明の品物が多いが、しかしその存在の理由、使用の目的は必ずなければならぬ。それらのものをいかに用いて生活、または犯罪を行ったか。タンテイは現場をメンミツに調べる。しかし単に推定だけでは証拠になりません。軽率に証拠をそろえて犯人をあげると、弁護士に不備をつかれてヒドイ目にあう。タンテイの発見した証拠は法廷に於てさらに真偽の論争を展開する。不確実なものは忽ち証拠不充分として捨て去られます。一審二審と重ね、さらに高裁、最高裁と重ね、タンテイの証拠の発見からはじまって犯人が定まるまでには法医学や鑑識科学等の現代の総智をあげて証拠の真偽を争い証拠力の軽重を判じて結論に至る。タンテイはカリソメのものではありません。証拠に偏見は許されないし、真にヌキサシならぬものと万人に納得されるものでないと薄弱な証拠として捨て去られる。本当のタンテイ作業というものは決していい加減では済まない。
 それにくらべると、歴史の場合には証拠の扱い方がルーズです。証拠の扱い方には手前勝手なことは許されない。これがオレの流儀だというようなものではない。真実を推定する方法に二ツはない筈だが、歴史の場合には公判をひらいて法廷に真偽を定めることができるような筋が立っていない。
 法廷をひらいて歴史の真偽を争う必要はありません。法廷をひらく、ということが真偽を定める方法なのではなくて、殺人事件が法廷で争われる場合には、証拠が真であるか偽であるか、それを定める規準があるから法廷へもちだして争いうる。ところが歴史学者の場合は規準がテンデンバラバラで、また歴史はそれでよいのだと思っていらッしゃる傾きがある。しかしながら、証拠を判定する規準というも…

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