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悪の帝王
あくのていおう
作品ID61140
副題03 第3話 銀溜杯
03 だい3わ ぎんりゅうはい
原題THE MASTER CRIMINAL: III. THE SILVERPOOL CUP
著者ホワイト フレッド・M
翻訳者奥 増夫
文字遣い新字新仮名
初出1897年
入力者奥増夫
校正者
公開 / 更新2021-09-02 / 2021-08-28
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一章
 サックビル・メインはまだしらふで、相客もほぼそうだった。モーニントン・アームズ・ホテルの大理石時計が時を刻んでいる。メインは長年の酒びたりでも、領主の雰囲気を失ってない。でも領主に必要な領地はとっくに失くしていた。
 夕餉の礼儀作法も失ってない。丁重に讃えた夕食は、相客カブア公爵が旅行中にもてなしてくれたものだ。ワインなどこれ以上望めないほどだった。
 相客のカブア公爵が完璧な英語で言った。
「嬉しいですな。また会えて。ナポリで最後に会ったのは何十年も前でしたな」
 メインはすっかり忘れていた。自分の記憶より公爵がずっと信頼できる。メインの知ってることは公爵が述べた時分、ナポリにいたことだけだった。
 相客のカブア公爵は初老のだて男、目が細く、滑稽なほどピンと口ひげを伸ばしている。眼鏡越しにうなずいて言った。
「楽しかったですな。二十年も前か。全くだ。でも昨夜ビリヤード室で君を見たとき、すぐ分かったよ。近頃どんな馬を走らせているんだい」
 メインが相好を崩した。弱点を突かれてしまった。家族崩壊元凶の放蕩息子を溺愛する母親のように、まだ競争馬にご執心で、それが破滅の原因だった。
「すっかり落ちぶれてしまいました。全く自分がウサギ小屋に住んでるなんて信じられない。ささやかな道楽がありましてね。ダービー優勝馬を二頭も繁殖、出走させたことを自慢できる男はそういませんよ」
「かつてのゴドルフィン血統馬ですな」
 とカブア公爵が探りを入れた。
 メインがうなずいた。両者には一つの接点があった。公爵のことはゴータ年鑑で当時ちらっと知っていた。同年鑑の記録によれば、カブア公爵は競馬狂。
 メインはほろ酔い気分で、なんでそんな偉い人物がモーニントンにいるのかといぶかった。
 カブア公爵が尋ねた。
「まだ競馬を?」
[#挿絵]
「あ、いや、出来ないのですよ。出来たらいいのですが。来週オールドマーケットで行われる王立クラレンドン賞の決勝戦に若駒を登録したんですが、差し押さえのはめですよ。私の若駒バーシニスター号ならどんな競争馬も蹴散らして、ああ本命馬のリアルト号にも勝てます。不調でも」
「その意気だ、君、そんなに凹むことはないぞ」
 メインがグラスを見てにっこり。うまいワインで、こころ持ちがほぐれた。同時に自信を取り戻した。
「そうですね、少し元手があれば、道が開けるのですが。千ポンドで魂を売りますよ」
「男ならその額で危険を冒すものだ」
「ええ、人殺し以外なら、何でもやりますよ」
 公爵は黙って、煙草を細い指でいじった。初老の痛風患いで、頸動脈辺りがうっ血気味の紳士にしては、しわの無いがっちりしたきれいな手だ。
「危険を冒さず千ポンド手に入れられますぞ。金を受け取り、黙っているだけで」
「なんてうれしい。で、条件は?」
「たった一点、あなたの若駒バーシニスター号の借金…

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