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チッポケな斧
ちっぽけなおの
作品ID61144
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集16」 ちくま文庫、筑摩書房
1991(平成3)年7月24日
初出「新潮 第四八巻第八号」1951(昭和26)年7月1日
入力者持田和踏
校正者ばっちゃん
公開 / 更新2023-11-15 / 2023-11-06
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 戦後の日本は稀有な幸福にめぐまれていた。それは古い殻の多くのものを捨て去って、一応白紙の状態から自由な再建を試みることができるという幸福にめぐまれたのだ。むろん純粋な白紙というものではないが、とにかく一応はそう云ってもよろしかろう。古い日本には多くの悪因習があった。それを捨てて新しくよりよいものを再建できれば、敗戦も戦禍もツグナイができるし、むしろモウケをとることもできる。
 この歴史的な再建、大手術の時代に生きているということについては、その歴史的な責任を自覚する必要があろうと思う。私が堕落論以来、社会時評や歴史批評、また巷談のたぐいでガラにもなくチッポケな斧をふりまわしているのは、われわれの小さな力が実は祖国の大きな未来や運命を決することになるのだから、悪く再建されないように、文筆で生きる身の時代的な責任をいくらかでも果したいという多少はケナゲな気持もあるわけです。歴史を読めば分ることですが、戦乱の惨禍、廃墟の後というものは、実は人間が最も希望を託して然るべき大建設の場であります。特にこの敗戦の場合には、占領軍の政策以外には国内に強権がなく、国内的にはすべてが破産状態になって一応白紙に還ったということは日本の歴史では初めてであるし、のみならず我々野人が自由に批判することができるのも初めてだ。私は私の史観によって、特に今に生きることの責任を痛感している点もあります。この時に人ありせば、というのが歴史を読む人の甚だ通俗な感傷ですが、恐らく後世の日本人が、この時にこそ人ありせばと最も痛感するであろう大転換期に我々が生きているのだから、現代に於ては読史家の通俗な感傷ぐらいバカげたものはない。
 この再建は、およそ軽率であってはなりません。一つの新しい制度をつくったり、一つの古い制度を復活させるというようなことに際しては、その可否について多くの角度からメンミツに検討さるべきであって、旧に復する方が手ッとり早く安易であるし、馴れもあるというような軽い気持でやられては、戦争に負けた重大な意義も、何百万の人命を失った意義もなく、再び足もとのオソマツな、土台のグラグラした情けない日本を作ってしまう。
 チャタレイ問題も、まず、その観点から考えてみなければなりません。
 日本の再建は甚しく危険な方向に傾きはじめている。せっかく白紙に還ったことがゼロになり、マイナスになりそうになってきた。天皇制の廃止ということは、まず第一の切開であった。天皇制のために日本人の生活がどれぐらい歪められていたか知れません。なにしろ偶像の実存を前提としているのだから、そのために、真理が自由に通用するということが不可能であった。学問は真理を究明するものだ。ところが世界にただ一ツ、真理をマンチャクすること、真理を隠すことを前提としているのが日本歴史である。仏説の故に正しいという宗教と同じように、国撰…

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