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くじらようかん
くじらようかん
作品ID61170
著者澤西 祐典
文字遣い新字新仮名
底本 「すばる 第41巻第6号」 集英社
2019(令和元)年5月6日
初出「すばる 第41巻第6号」集英社、2019(令和元)年5月6日
入力者澤西祐典
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2022-01-01 / 2021-12-27
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

尾道銘菓 鯨羊羹
 古来より海洋資源に恵まれていた日本は、地球上最大の動物の「鯨」も例外なく、肉・脂・表皮をはじめ、「鯨尺」の名があるようにその材料として「ひげ」まで無駄なく大切に利用してきました。古くからの港町・尾道では、対岸の向島・岩小島で正月に決まって出産の為鯨の姿が現れたと、室町時代の初め武将・歌人の今川貞世が「道ゆきぶり」に記しています。現在では高価となった鯨ですが、当地では肉とともに食材とされ、「おばけ」または「おばいけ」といって、表皮の黒い部分とその下の「白皮」とよばれる脂肪層を薄く切って熱湯をかけ、流水でよく晒し酢味噌で食べる「さらし鯨」は極めて一般的な食べ物でした。
「鯨羊羹」は、元は「鯨餅」といって、黒と白の二層の蒸し羊羹として江戸時代の記録に残っております。寒天の発見後、十八世紀後半頃より現在の羊羹に似た物が造られ、「鯨羊羹」もあわせて現在の様になったものと思われます。

━━━━━━━
───────
 お願い
鯨羊羹は黒い部分(錦玉羹)と白い部分(道明寺羹)とは材質が異なるため、この面が多少剥がれ易くなっております。
小口にされるときは、お手数でも流し枠を全て剥がし、黒い錦玉羹部分を上にしてお切り下さる様、お願い申し上げます。

昔から、「鯨羊羹」は鯨の皮を意匠に採り入れたものですが、鯨の肉・脂・皮などは、一切使用しておりません。
尾道「鯨羊羹」説明書きより



 夏の陽射しが砂浜に溜まって、陽炎が黄色く揺らめいている。黄色い地平の向こうに海がうすく盛りあがり、すぐさま緑に覆われた島が碧い風景に蓋をしている。陸と陸に挟まれた水面は、陽炎のゆらぎに呼応するように穏やかに揺れる。
 空と島と海と砂浜とが均しく縞になった景色には、はっきりとした中心がある。黒く、途方もなく大きな巨体が、波打ち際に横たわっている。鯨だ。引いてはうち寄せる波の端が、その息絶えた巨躯に挑みかかるが、巨大な輪郭をなぞりきること叶わず、また虚しく海へと引きかえす。
 鯨の屍体に向かって人々が列をなしている。大人も、子供もいる。自分の番が来るのを今か今かと心待ちにしている。行列の先頭では、活きの良い声が飛びかい、職人が鯨を切り分けている。黒い表皮から食べやすい大きさに切り取られた鯨の身は、たっぷりの白い脂がついていて、その白い断面を天にして細長い木函に詰められる。
 行列の先頭にいる人は、切り出したばかりの鯨羊羹を受けとり、嬉しそうに帰路につく。客がひとり去っても、鯨羊羹を買い求める客がすぐに後ろから現れる。客の注文を聞いた商人のかけ声で梯子に乗った職人が鯨を切り分け、切り取られた身が鯨羊羹の器に詰めこまれてゆく。阿吽の呼吸で鯨羊羹が切り出されるたび、もち米のほのかに甘い匂いが立ちのぼる。いつの間にか、夏の海の香りに混じって、酩酊しそうな甘い香りが辺り一帯に漂って…

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