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鉄道模型の夜
てつどうもけいのよる
作品ID61171
著者円城 塔
文字遣い新字新仮名
底本 「すばる 第41巻第6号」 集英社
2019(令和元)年5月6日
初出「すばる 第41巻第6号」集英社、2019(令和元)年5月6日
入力者福永信
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2022-01-01 / 2022-01-02
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 彼の趣味は箱庭であり、鉄道の方はあとからついてきた。だから最初は、小さな庭でも家のミニチュアでも構わなかった。かといって、押絵を風呂敷に包んで旅するような趣味があるわけでなし、縮小するのは持ち運びのためではなかった。旅をするのが面倒なので、宇宙の方をとじこめてしまう。そういう気風が彼にはあった。すなわち、旅をするなら箱庭の中を旅したいのであって、箱庭を持って旅をするなどは本末転倒ということになる。しかし一方、箱庭なるものには息苦しさが伴うのも確かであって、これは箱という制約からくる。とじこめたいが、息はしたいというのが彼の贅沢すぎる悩みである。風景には空気穴がなければならぬ。
 それには、幾筋かの道をつけてやればよい、というのが試行錯誤の末に彼の至った結論であり、右から左へ、あるいは逆に、貫通する何かをおいて気を通わせる。手前から奥では遠近法を強調するようでややあざとい。自動車教習所のような環状の道には徒労感が伴うし、岬の果てや盲腸線といった想像は淀みに通じる。どこからくるかはしらないし、どこへ行くかもわからない。とにかくそこを経由することだけが確かな、切り取られた流れが彼の気性に合ったのである。
 通すものはなんでもよかった。川でも道でも自由だったが、ふと、鉄道という単語が浮かんで、汽車が走り抜けるというのはそれだけで、なんだか箱庭を最後までつくりきることができそうな気持ちにさせるのである。
 そうして彼は、鉄道の走る箱庭を趣味とすることになったわけだが、嵩じて自然に、取材の旅へ出ることとなり、これは彼の頭の容積よりも空の方が広かったという事実に起因していて、つまりは素材に窮してしまった。箱庭の中では汽車だけが確固たる存在感を放ち続けて、彼の中の思い出たちはまるで紙かプラスチックでつくられたように脆弱であり、直角さえもが頼りなくみえたのである。

 箱庭づくりはこうして彼を箱の外へと誘うことになり、旅をするのが面倒なので箱庭を眺めるつもりの彼は、箱庭の素材を求めて旅へと出掛ける羽目に陥った。そのなりゆきを奇妙とは思ったものの、意外に苦とは感じなかった。カメラを構えて、模型に利用できそうな細部を集める旅は、箱庭の素材を買い出しに出掛けるのと大きく変わるところがないと彼は感じた。カメラについた望遠寄りのレンズもまたその印象を強化した。はじめの頃は広角のレンズを試してみたこともあったのだが、そこに広がるまるで旅先のような光景は彼をひどく当惑させた。それほど大きな広がりは頭の中に入りきりそうにはなかった。
 彼のつくるほんの三十センチ四方程度の箱庭は、写実的などこかの風景というものではなく、あちらこちらから集められてきた細部の集積であり継ぎ接ぎから成り立っている。どこかの町のいつかの一瞬を正確に切り取りたいのなら、正にそのときその場所に立っているしかないのであり…

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