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悪の帝王
あくのていおう
作品ID61207
副題05 第5話 クレオパトラの衣装
05 だいごわ クレオパトラのいしょう
原題THE MASTER CRIMINAL: V. CLEOPATRA'S ROBE
著者ホワイト フレッド・M
翻訳者奥 増夫
文字遣い新字新仮名
初出1897年
入力者奥増夫
校正者
公開 / 更新2021-11-03 / 2021-12-27
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一章
「女王だったらなあ」
 とコーラ・コベントリがのたまった。
 唯一の聞き手の男がほほ笑んだ。コーラの滑やかな腕の所に笠ランプがあり、赤い絹笠が男の胸を斜めに照らし、血のように染めた。部屋はと言えば、華麗な冥界のようで、目立つというより洗練されている。
 コーラ・コベントリは魅惑的な謎に満ちている。少なくとも魅力はド派手な格好のせいじゃない。たぶん、しっとり濡れた黒い瞳のなせるわざだろうが、出生地は口をはばかった。
 おそらくこれ以上の詮索はよくない。金回りについてはリンドン卿に語らせたら、きっと説得力があろう。同卿は金持ちの外交官で話術の達人。
 民衆の見るところ、コーラの寵愛を一身に受けている。華美には金がかかり、ロンドン一の美女と付き合うには端金なんてものじゃない。
 リンドン卿が鼻から紫煙をパーッと吐いた。そっくりかえり、両眼を鑑定家みたいに細めた。コーラは一幅の絵画だ。同卿はこの種の高価な絵が好きだった。
「女王だったら何が欲しい」
「今年だけよ。わたし素敵なものに目がないでしょ。今年は戴冠六十周年だし。ねえ、どんな貢物かしら。何人殺しても手に入れたいわ」
「そんな気持ちとは知らなかったな。コーラ、なにか隠し事をしてないか」
「たぶんね。むかし男がいたの。何年も会っていないけど」
「恋か、これは驚いた。全部話してごらん」
 コーラが笑った。ランプ笠の真っ赤な色が頬に当たった。
「そんなんじゃないわ。もう会ってないもの。あの人なら喜ぶことをやってくれる。ああ、男の中の男ね」
「コーラ、どういうこと」
「あなたのやることよ。いつ貢物を見に連れてってくれるの。噂の素晴らしい衣装、クレオパトラの衣装よ」
「宮殿にはないよ。知っての通り、戴冠六十年を祝って、トルコ皇帝から贈られた品物で、特別随行団が持ってきた。現況を鑑みて女王は贈り物を拒否された。あっさり、進物を辞退され、それでおしまいさ。でもアブドル・アギズ大公はまだ望みを捨ててない」
「アブドル・アギズ大公が衣装を預かっている寵臣なの」
「その通り。外交官風に言えば、立場は極めて危うい。任務を行わず帰国すれば、ボスポラス海峡に永久に沈められよう。やつは失敗するはず」
 コーラは興味津津だ。貴重な美しいものに目がない。この世の織物の中で、問題の衣装というか、ショールほど奇怪な歴史を持つものはない。
 確かに、素晴らしい職人技がクレオパトラ側にあった。アントニオは、かのきらびやかな衣装でくつろいだかもしれない。
 見事な色彩は一針とも風合いを失ってない。蜘蛛糸のように繊細、鋼鉄のように強靭、極めて古い織物絵画だ。逆に誰もが知ってるのは、織り方の秘密がピラミッドの下に隠されているってこと。
 この数反余りの工芸織物のために戦いもあった。何世紀もテヘランの宝物庫に秘匿されていた。その後、策略によってトルコ…

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