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アッシャア家の覆滅
アッシャアけのふくめつ |
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作品ID | 61341 |
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原題 | THE FALL OF THE HOUSE OF USHER |
著者 | ポー エドガー・アラン Ⓦ |
翻訳者 | 谷崎 潤一郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「変身綺譚集成 谷崎潤一郎怪異小品集」 平凡社ライブラリー、平凡社 2018(平成30)年7月10日 |
初出 | 「社会及国家 第五十七号、第五十八号」一匡社、1918(大正7)年7月15日、8月19日 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | 岡村和彦 |
公開 / 更新 | 2024-01-19 / 2024-01-09 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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その年の秋の、重々しい雲が空に低く垂れ懸った、ものうい、暗い、ひそりとした日のことである。私は終日、たった独り馬に跨って怪しく荒れ果てた田舎路を通って行った。そうして日脚が傾いた時分に、ようよう陰鬱なアッシャアの邸が見える所まで辿り着いた。私には其れがどう云う訳だか分らない―――が、その建物を一と目見るや否や、或る堪え難い悲しい気持ちが、私の胸に泌み徹って行った。私は特に堪え難いと云う。なぜかと云うのに、人間の心と云うものはたとえ世の中の最も物凄い、どんなに荒廃した、どんなに恐ろしい光景に接しても、詩的な感情に助けられて半は慰められるのが常であるのに、その時の気持ちは少しもそんな余裕を許さなかったからである。私は自分の眼の前にある景色を眺めた。―――そこに立って居る一箇の邸宅、構えの内にある単純な田園の風物、―――青褪めた土塀の壁、―――がらんとした眼玉のような窓、―――それから二三本の白い枯木の幹、―――それ等の物を眺めた折の切ない重苦しい心持ちは到底此の世に喩うべきものもない、強いて云うならば其れは阿片の毒に惑溺して、―――日に日に傷ましい堕落を重ねつつ、―――醜悪な弱点を曝露する人間の、寐覚めの悪さにでも比較すべきであろう。そこにはただ心の臓を氷の如く寒からしめ、深く深く、病人のように滅入らせるものがあるばかり、―――いかなる空想の力を藉りても何等の緊張した荘厳さをも感ずる事の出来ないような、満目荒凉たる、癒やし難い観念があるばかり。一体どういう訳であろう、―――私は立ち止まって考えて見た、―――一体どういう訳で、アッシャア家の景色がこんなにまで私を慄然たらしめるのであろう? それは凡べて解し難い謎であって、考えれば考えるほど私の頭の中には影のような幻がもやもやと湧き上って来たが、私はそれさえも捕捉する事が出来なかった。私は結局、不満足ながらもこういう結論に到着するより仕方がなかった。
つまり、極めて単純な自然物を或る一定の方法で配列すれば、そこにわれわれを斯までも感動させるような力が生ずるのである。其れは疑いもない事実であるが、しかし此の力を分析する事は到底吾人の思索の外にあるのだ。その画面の中にあるディテイル、その風景の中の箇々物の位置をちょいと取り換えれば、此の陰鬱な印象を制限し、或いは滅却するに充分であろうと私は思った。そう考えると共に、私は馬を進めて、邸の傍にどんより光って居る暗澹たる古沼の嶮しい涯の縁まで行った、そうして、水の面へ倒まに形を映して居る灰色の葦蘆や、幽霊じみた枯木の幹や、がらんとした眼玉のような窓の影を―――嘗て覚えた事のない激しい戦慄に襲われながら―――瞰おろしたのであった。
而も私は、今や此の憂鬱な邸宅に数週間を送ろうとしてやって来たのである。此の家の主人の、ロデリック・アッシャアと云う人は、以前少年時代には私と気の合った…