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メランコリア
メランコリア
作品ID61342
著者三富 朽葉
文字遣い旧字旧仮名
底本 「複製版 創作第一期(日本大学三島図書館蔵本)」 臨川書店
1973(昭和48)年10月20日
初出「創作 第一卷第七號」東雲堂書店、1910(明治43)年9月1日
入力者きりんの手紙
校正者The Creative CAT
公開 / 更新2023-08-14 / 2023-08-08
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


外から砂鐵の臭を持つて來る海際の午後、
象の戯れるやうな濤の呻吟は
壘の[#「壘の」はママ]上に横たへる身體を
分解しやうと揉んでまわる。

私は或日珍らしくも無い原素に成つて
重いメランコリイの底へ沈[#ルビの「しつ」はママ]んで了ふであらう。

えたひの知れぬ此ひと時の衰へよ、
身動きも出來ない痺れが
筋肉のあたりを延びて行く…………
限りない物思ひのあるような、空しさ。

鑠ける光線に續がれて
目まぐるしい蠅のひと群が旋る。
私は或日、砂地の影へ身を潜めて
水月のやうに音もなく溶け入るであらう。

太陽は紅い、紅いイリユージヨンを夢みてゐる、
私は不思議な役割をつとめてるのでは無いか。

無花果樹の蔭の籐椅子や、
まいまいつむりの脆い殼の邊へ
私は蠅の群となつて舞ひに行く、

壁の廻りの紛れ易い模樣にも
一寸臂を[#「臂を」はママ]突き出して止つて見た。

窓の下に死にゆくやうな尨犬よ。
私は何時しかその上で渦卷き初める、
…………………………
…………………………
砂鐵の臭の懶いひとすぢ。(八月)
    ○
午後の薄明りの中で、
奇妙な睡りに落ちて行く
影を曳く安樂椅子の
病の身を搖る儘に。

懶げな雨の線條は
音も無く若葉の匂を煙らす
姿を見せぬ鳥の囀りの
壞れた胸に響くことよ!

永い間の疲勞が
重く夢を壓す時に
鳥は青い叫びを殘して翔る。

春は微笑んでゐるのかも知れないけれど
欝い蔭を搖る安樂椅子の
さけ難い睡りに包まれる…………
(四月)



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