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シルヴァブレイズ
シルヴァブレイズ |
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作品ID | 61393 |
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原題 | SILVER BLAZE |
著者 | ドイル アーサー・コナン Ⓦ |
翻訳者 | 大久保 ゆう Ⓦ / 三上 於菟吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
入力者 | 大久保ゆう |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2022-05-22 / 2022-04-26 |
長さの目安 | 約 44 ページ(500字/頁で計算) |
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「どうやらワトソン、そろそろ僕が行かねば。」とホームズが言ったのは、座して朝食をともにしているある朝のことだった。
「行く! どこへ?」
「ダートムア――キングス・パイランドへ。」
驚きはない。むしろこの尋常ならざる事件にまだ関わりないのがただ不思議なくらいだ。この件は現下、イングランド全土の噂の種だった。終日わが友は部屋のうちを低回しつつ項垂れては眉根を寄せて、一等きつい黒煙草をパイプに詰め替え詰め替えするばかりで、こちらから何か問いや話をかけても耳を貸さなかった。どの新聞も新しい版が出るごと一々、契約している売り子から届けられたが、それもさっと目を通すだけで部屋の隅へ投げ捨てる。とはいえ友が黙りながらもじっと考えを巡らせているその中身のことは、私にも丸わかりだった。その分析力が試されるほど世間で話題の問題と言えばただひとつ、ウェセックス賞杯の本命たる名馬の奇怪なる疾走と、その調教師の惨殺事件である。したがって友が突然、一大事件の現場へ趣く意図を告げたのも、私の予想と期待のうちだったというわけだ。
「差し支えなければ私も同行したいのだが。」と私は言う。
「ワトソンくん、お出で願えるなら大変ありがたい。きっとまんざら無駄にもなるまいよ。なにせ極めて特異なものになりそうなふしがこの事件にはある。思うに今からならパディントン発の汽車にぎりぎり間に合う。仔細は道々話すとしよう。すまないが君のあの上等の双眼鏡を持参してくれたまえ。」
そうこうして一時間あまりののち、気づけば私はエクスタ行急行の一等車の一隅に腰掛けていた。かたわらシャーロック・ホームズはあのお気に入りの耳垂れつき旅行帽をかぶり、油断なく熱心な顔で、パディントンで入手した出たての新聞の束にせわしなく目を落としていた。列車がレディングを過ぎてずいぶんした頃、最後のひとつを座席の下に突っ込むと、葉巻入れをこちらに差し出した。
「至極順調。」と友は窓の外を眺めながら時計も見やる。「現在速度は時速五十三マイル半。」
「四分ノ一哩標は見えておらんが。」と私。
「見ていないとも。だがこの路線は電信柱が六十ヤードごとにあるから計算は簡単。どうも君は、今回のジョン・ストレーカ殺害事件とシルヴァブレイズ失踪の件については詮索済みかな。」
「テレグラフ紙とクロニクル紙の記事は一読を。」
「今回の件も、新たな証拠を求めるより、細部の検討精査に推理のわざを用いた方がよい類いのものだ。この惨劇はあまりにめずらしく巧妙で、多大の人々の私事に重く関わっているものゆえに、揣摩憶測がとにかく多すぎて厄介だ。問題点は事実の骨組みだけを抜き出すこと――すなわち否定できない純然たる事実の骨子を粉飾まみれの論説報道から取り出すにある。そののち、この固い土台の上に自らを据え、いかなる推論を引き出しうるか、謎全体の要となる勘所がどこにあるかを見…