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最後の事件
さいごのじけん
作品ID61394
原題THE FINAL PROBLEM
著者ドイル アーサー・コナン
翻訳者大久保 ゆう
文字遣い新字新仮名
入力者大久保ゆう
校正者
公開 / 更新2022-07-07 / 2022-06-25
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 気が重いけれども私は今、愛用のペンを取ってこれを認める――わが友人シャーロック・ホームズ氏を傑物たらしめるあの非凡な才能を書き留める最後の言葉として。これまでとりとめもなく、(重々自覚しているが)まったく力不足にも、私は友人とともに経験した怪事件の数々を、いくぶんなりとも記録しようと努めてきた。偶然ふたりが出会った『緋のエチュード』のあの頃から、国家間の深刻な紛争を防ぐという申し分ない首尾の「海軍条約事件」に乗り出したこの頃に至るまで。私個人の想いとしては、そこでおしまいにして、わが人生にぽっかりと空いて二年ものあいだいささかも埋まらなかった穴の素因たる当の出来事については、口外しないつもりであった。ところが近頃、ジェイムズ・モリアーティ名誉大佐がその亡き同胞の名声を守らんと手記を公にしたため、図らずも私は手を動かす羽目になり、事実をありのまま世に示さざるを得なくなった次第である。事の確たる真実を知るのは私ひとりであり、伏せておいても決して良い結果にはならぬ時宜になったのだと、ようよう心得たわけだ。さて知る範囲では、世間の報道には三通りの説明があるのみ。ひとつは『日刊寿府』一九八一年五月六日付、そして英国新聞各紙の五月七日付ロイター社特電、最後がただいま触れた先頃の手記である。うち第一と第二のまとめ方はきわめて簡潔だが、最後のものは(私が今から暴くように)事実関係を完全に歪曲している。モリアーティ教授とシャーロック・ホームズ氏のあいだに起こった事の真相をここで初めて明らかにすることこそ、私の責務なのだ。
 覚えておいでの方もおられようが、こちらの結婚と、続く開業診療の開始後は、かつてあったホームズと私との深く親しい関係にもいくぶんか変化が生じた。捜査に相棒が入り用のときには相変わらず折に触れて私のもとへ来ていたが、この機会も次第に減じてゆき、とうとう一八九〇年には、気づけば何かしら自身で書き控えた事件もほんの三つとなっていた。その年の冬から翌一八九一年の春先にかけて、フランス政府の要請で出向いた最重要機密の一件などは私とて新聞で目にしたに過ぎず、ホームズから受け取った二通の覚書が、それぞれナルボンヌとニームからと記されてあったため、そこから私は友人のフランス滞在は長引きそうだと、その消息を推し量ったものだった。それだけに、あの四月二十四日の宵、うちの診療室に立ち入る友人の姿を目にしていささか驚いたのである。その面差しが平生よりも青くやせこけていたのには、私としても衝撃だった。
「なに、しばらく身体に無理を言わせていたからね。」と、こちらが言うが早いか私の表情を見て、わが友が言う。「近頃いささか多忙続きだ。部屋の鎧戸を下ろしても構わないね?」
 室内の光源は、ちょうど読書に使っていた卓上の灯火のみだった。ホームズは壁沿いに背をつけてぐるり、鎧戸をいそいそと下…

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