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『ファンタジア』
『ファンタジア』
作品ID61426
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2024-12-24 / 2024-12-11
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 今、日本に來ている『ファンタジア』は、半ばシネマスコープ的に改變してあるが、本質的には、十數年前にディズニィが作った、初めの『ファンタジア』と、同じものである。
 この映畫が何時作られたか、正確な年代は、調べればすぐ分ることであるが、十數年前に出來たことは確かである。太平洋戰爭の最中に、南方で手にいれた鹵獲品の中に、この『ファンタジア』や『ガリバーの旅行記』などがあった。
 そのうち『ガリバー』の方は、試寫を見たが、『ファンタジア』は、遂に見る機會がなかった。あまりにも高度な科學と技術とが盛り込まれているので、恐米感を起させる虞れがあるということになって、何處かの金庫の奧深く、しまい込まれたのである。
 考えて見れば、可笑しな話で、『ファンタジア』を作った科學と技術とは、飛行機を造るにも、潜水艦を造る場合にも、使われていたわけである。「耳をおおうて鈴を盜む」という中國の古い諺があるが、それを二十世紀の今日、地で行った恰好である。
 まあそういう話はどうでもよいとして、今度『ファンタジア』を初めてみて、今更ながら、ディズニイに對する認識を強くした。何といっても、十數年の年月の隔りは爭われないもので、『ピーター・パン』などと較べてみると、やはり『ピーター・パン』の先に出來た作品という氣はする。しかし稀世の天才といわれるチャップリンの『モダン・タイムス』が、今日辛うじて生命を保ち得るという程度に較べたら、『ファンタジア』は、まことに偉大なる作品である。
 藝術としての映畫は、他の藝術に比して、本質的といっていいほどの著しい差がある。それは壽命が甚しく短い點である。この話は、映畫の本質論になるので、此處ではこれ以上ふれないことにする。しかしその點を考慮に入れてみると、『ファンタジア』が今日新しい生命を得て、立派に新作の名畫に伍して、何等遜色を見せていない點は驚異に値する。もちろん「寫眞」ではなく、繪を使った點を勘定に入れての話である。
『ファンタジア』では、地球の創成を夢幻化した『春の祭典』が有名であるが、私はそれよりも最後の編、ムソルグスキイの『禿山の一夜』と、シューベルトの『アヴェ・マリア』とにひどく感心した。
『禿山の一夜』は、惡靈の象徴であって、荒廢した墓地から舞い出る「浮かばれない亡靈」の描寫がものすさまじい。ディズニイは「死」について考えたことのある人のような氣がする。技術的には、この場面では、南畫の手法がしばしば使われている點が、非常に面白かった。本當に力強いタッチの表現には、墨繪の技法が一番適しているようである。ディズニイが誰かの墨繪を研究したか、あるいは彼の獨創か、一寸興味のある問題である。



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