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新しい生花
あたらしいいけばな
作品ID61427
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2026-06-06 / 2026-06-01
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 この頃、新しい生花が、大流行のようである。枯枝にペンキを塗ったり、トタン板みたようなものをぶら下げたり、奇妙な形のしゃがれた枯木を使ったり、まことに人の意表に出たものである。
 新しいものの好きな日本人には、この斬新な生花が、大分歡迎されているようである。北海道の田舍の小さい町へ行っても、よくこの種の生花が見られる。屋根はトタン葺、周圍は板張りのうす汚れた店先の小さいショウ・ウインドウに、アルミニウムの粉を塗りつけた枯枝が飾ってあるのを見ると、まことに妙な氣持になる。
 もちろん老人たちや、舊い傳統の生花をやっている連中には、この近代生花は、まことに評判が惡い。ああいうものは生花ではない、というのが、定評になっている。事實、あれは、日本でいう「生花」ではないのであって「アメリカの生花」なのである。
 日本では、この近代生花を、非常に新しいものと思っている人もあるらしいが、アメリカには、前からあったものである。材料などもアメリカのものと非常に似ていて、アメリカ生花の輸入といってよい。輸入された人は、アメリカ生花の良いところを、日本の生花に採り入れたと言われるかもしれないが、この兩者は調和融合というわけには行かないものである。
 曲りくねった枯木に銀粉を塗ったものも、アメリカで見ると、そう可笑しくはない。とくに空港の待合室や、デパートの飾窓などで見ると、なかなか面白いと思うこともある。それは建物と、見る人の氣持とに、よく調和しているからである。アメリカと限らず、歐羅巴でも、いわゆる近代風な建築は、自然の寫しではない。天然にはない直線や楕圓の線を強く活かして、自然の中に人工の美を創る藝術である。そういう建物の中に住んでいる人間の精神も、自然人のそれとは大分ちがって來て、いわゆる近代人の型になっている。
 アメリカ流の新しい生花は、そういう條件の下で生れたもので、いわば人工の環境の中に、人工で創られた美である。機械文明と能率との世界では、人間の精神は常にあえいでいる。そしてそれが或る程度を越すと、一輪の野菊というような生易しい鎭靜劑ではおさまらず、強力な藥品の注射劑が必要となって來る。その注射劑の一つが、あの近代生花なのである。
 日本の傳來の生花は、これと全く性質が異っている。自然の中に溶け込んで、人間が自然の一部となって生活して來た。そういう環境の中で育成されて來た日本の生花は、自然の寫しという形を採るのが當り前である。
 それでこの兩者の生花は、本質的に異ったものである。從って優劣などは論ずることが出來ない。むしろ比較も出來ないもの、と言った方がいいかもしれない。



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