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アラスカの氷河
アラスカのひょうが
作品ID61429
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2025-02-07 / 2025-02-03
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 アラスカというと、日本では非常に寒いところと、一般には思われている。しかし内陸および北氷洋岸を除き、太平洋側のアラスカは、そうひどく寒いところではない。唯どこでも、風が非常に強いので、人體にはひどく寒く感ぜられる。
 アラスカの一部は、太平洋岸に沿って、加奈陀の方まで、ずっと伸びている。この附近には氷河がたくさんある。カナダロッキイの高山地帶に降った雪が、氷河になって流れ下り、アラスカ領にはいって、太平洋に落ち込んでいる。この邊を飛行機でとぶと、屈曲した海岸は、荒削りの一刀彫を思わせる雄渾な姿を見せ、遙かなる天涯からは、雄大な氷河が海まで流れ入っている。
 そういう氷河は、大小併せて十以上もつづいていて、全く人界を離れた荒涼たる景色である。そういう氷河の一つに、メンデンホール氷河というのがある。アラスカが露領であったころの首都ジュノウの近くである。この氷河は、直接海に落ち込まず、末端は海岸近くにある一つの湖に接している。それで湖水の中に押し出された氷河は、氷塊となって、湖面上に浮んでいる。この氷塊は大部分、氷の大きい單結晶である。
 氷も結晶であるが、普通に池の水が凍って出來るような天然の氷も、冷藏庫などに入れる人造氷も、本當の結晶ではない。という意味は、小さい部分を見れば結晶であるが、たくさんの小さい結晶が、勝手な向きに混り合って、一つの氷塊をつくっているので、全體としては、無定形のような性質をもっている。氷塊をつくっている個々の結晶は、普通の氷では、小指の先くらいの大きさである。そういう小さい結晶が、何千個、何萬個と、勝手な向きに集まり合って、一つの氷塊をつくっているわけである。
 氷の結晶は、非常に不思議な性質をもっている。その研究をしないと、氷塊または氷柱全體の性質を、科學的に明らかにすることは出來ない。それで以前から、氷の大きい結晶を造って、その結晶について、いろいろな性質を調べようと、たくさんの科學者たちが、努力して來た。
 しかし氷の大きい結晶をつくることは、非常に困難で、現在の知識の粹をつくして、一所懸命やっても、人差指くらいの結晶をつくるのに、一週間もかかる。それもよほど運のいい時でないと、出來ない。
 ところが、アラスカの氷河の末端へ行くと、一抱えもあるような、氷の大きい結晶が、いくらでも、轉がっている。カナダロッキイの頂に降った雪が氷河になって何千年もかかって、強大な壓力の下で、ゆっくり流れ降りて來る間に、結晶がだんだん生長するのである。人間の知識が、これほど進歩しても、まだまだ天然にはかなわない。



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