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いねのにもうさく |
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| 作品ID | 61433 |
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| 著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
| 文字遣い | 旧字新仮名 |
| 底本 |
「百日物語」 文藝春秋新社 1956(昭和31)年5月20日 |
| 入力者 | 砂場清隆 |
| 校正者 | 木下聡 |
| 公開 / 更新 | 2025-11-06 / 2025-11-05 |
| 長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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大阪からの飛行機は、室戸岬の上を通って、高知まで、一時間十分で飛ぶ。天氣がよいと、陸地の上を短絡して、五十分くらいでいってしまうこともある。まことに隔世の感がある。
室戸岬の上を、飛行機でとんで、一番驚いたことは、あの急峻な岬の山地が、ほとんど頂上まで、段状の耕地になっている點であった。乏しい土地を、最後の一隅まで、使おうとする日本人の努力の姿が、まざまざと見られる。
耕地の一部は緑で、他は黄色である。同乘の土佐の人らしい紳士が、あの實っているのは稻ですよ、と教えてくれた。水田の二毛作で、早場米はもう十日も前に出たそうである。この話は前から聞いていたが、實際に七月下旬にもう米が穫れているところを見ると、まことに不思議な氣がする。
この意外な感じは、水田の傍に行って見ると、一層強められる。一方の田では、どんどん苅り入れがされている。その隣の田では、もう地均しがすんで、田植が始まっている。田植がすんだばかりの緑の田と、穗の垂れた黄色の田との對稱は、まことに珍しい景色である。
この風景を見て、初めは、日本にもずいぶん惠まれた土地があるものと感心した。しかしそういう旅行者の感想などが、如何に皮相なものであるかは、直ぐ分った、というのは、この水田の二毛作で穫れる米の量は、案外に少いからである。
日銀支店長の話であるから、多分誤りはないものと思うが、縣下の二毛作地帶の平均收量は、二作合計して、反當二石七斗くらいということになっているそうである。供出の關係で、少しは隱してあるかもしれないが、それにしても、本州の普通の田で、晩稻の一毛作をした場合とくらべて、決して多くはない。
水稻の二毛作は、まだそう歴史が古くないのであるが、初めは成績がよかったのに、だんだん地力が減って、減收になる傾向があるそうである。この二毛作には、相當無理があるので、二番作などは、一尺以上にもなった苗を植えなければならない。從って一日を急ぐような過激な勞働に追いかけられる。
それならば、一毛作にして、晩稻多收穫の品種にしたら良さそうなものであるが、ここに颱風の問題がある。室戸颱風で有名になったように、土佐は颱風には毎年おびやかされている。それで八月九月の颱風期を避けるというのが、この二毛作の大きい狙いなのである。二毛作にしておけば、最惡の場合でも、一作はまず助かる。
水稻の二毛作と聞いても、單純に天惠の國といってはいけないので、その蔭には、いろいろな惱みがある。外國の旅行談などにも、似たようなことがありそうである。