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浮輪
うきわ
作品ID61434
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2025-07-21 / 2025-07-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 シカゴはミシガン湖に面しているので、夏になると、ビーチは湖水浴の連中で、たいへんな賑わいである。とくに今年は何十年ぶりとかの暑さで、土曜日曜などは、鎌倉の海岸のような騷ぎである。
 湖といっても本州の半分くらいある大きい湖なので、見たところは、全く海の感じである。對岸はもちろん見えない。波もふだんはかなりあって、水難の危險は、いつも注意している必要がある。
 砂濱で遠淺になっているところは、所々にしかない。そこをビーチ(サンド・ビーチの略)と稱して、シカゴ市民の夏の第一の遊び場である。水泳を習うというような氣持はあまりないので、たいていは水にはいってボチャボチャやって遊んでいるわけである。
 泳げない連中が多いので、監視は非常に嚴重である。見張人のことを生命護衞(ライフ・ガード)といっているが、それが數人いて何時でも注意している。面白いのは、浮輪をもって泳いではいけないことになっている點である。もっとも小さい子供の玩具の浮輪は別問題である。
 浮輪をもった方が安全のように思えるが、實はそうではないという。浮輪をもつと、泳げない人でも、ついうかうかと背の立たないところに行くから、かえって危險だというのである。なるほど聞いてみると、そういうこともありそうである。
 水浴場を綺麗にすることも、なかなかやかましくて、食物をもって水の中へ入ることはもちろん嚴禁、砂濱でものを食べることもいけない。たいてい砂濱のだいぶ上の方にピクニック場が指定してあって、飮食はそこですることになっている。それで芋の子をころがすような人混みであるが、水はその割に綺麗である。西瓜の皮が浮いているようなことは決してない。
 アメリカは自由の國というふうに日本では思われているが、自由という意味が、日本で考えられているのと、大分ちがう。どんなことにも規則がたくさんあって、それを嚴重に守らなければならないことになっている。浮輪をもって泳いではいけないという規則などは、なかなか傑作である。少し滑稽味もあるが、しかし眞面目に考えてみて、其處まで氣を配るのは感心である。
 この近年、日本ではいろいろな遭難事件が頻發するが、中でも小學生の交通事故や、水死事件はいかにも痛ましい。こういう事故の豫防策には、いろいろな面があるが、はっきりした安全規則をつくり、それを嚴守する習慣をつけることも、豫防策の一つの要素ではなかろうか。
 この場合大切なことは、規則を必要以上やかましくしないことである。安全な範圍で、規則は廣くしておいて、それを嚴守することが大切なのである。



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