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英国の特攻隊
えいこくのとっこうたい
作品ID61435
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2025-06-20 / 2025-06-17
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 米國の有名な科學記者ローレンスの『ゼロの曉』は、たいへん興味の深い本である。この本は、今次大戰中における、米國の原爆製造の過程、英獨の原子力をめぐる科學戰の祕話などを詳細に記述したものである。
 ローレンスは、米國政府から、原爆製造の祕密工場に出入を許された唯一の記者で、いわばこの計畫の記録掛のような役目を果した人である。戰爭中、ロス・アラモスやオークリッジの原爆工場、加州大學の放射線研究所など、何人も近づくことを許されなかった場所を、自由に訪ね、その都度詳しい報告をつくった。それ等には、一々「特祕」の印が押されて、特殊の金庫の奧に深く收められた。そして戰後一年を經て初めてその發表が許可されたのである。
 この本の約三分の一は、原子力の物理學的説明であるが、その解説は非常に正確であり、かつ懇切をきわめている。恐らくその知識は、原子核專攻の物理學者の平均水準には、達しているであろう。一讀して、非常に驚いたので、その話を何時か小林秀雄氏に會った時に、したことがある。
 小林氏もすでにこの本を讀んでいて「あれは非常に面白い本だね。イギリスにも特攻隊があったことが分って、驚いたよ」と言っていた。私はそこはついうっかり讀み過していたので、後になって讀み返してみたら、果してその通りであった。
 原子力の解説のつぎに、大戰中の獨逸の原爆製造計畫の話が出ている。原爆の原理、即ちウラニウムの核分裂現象は、ドイツで發見されたのであるから、ヒットラーが原爆を造る計畫を立てたのは、當然である。その情報は、初めドイツの重水政策から洩れて來た。重水は最も有効な中性子緩速劑で、原子爐をつくって原爆用のプルトニウムを生産するためには、重要な資材である。
 當時世界最大の重水製造工場は、ノルウェーのノルスク・ヒドロ會社の工場であった。ナチスは、占領下のこの工場にたいし、重水の年産を、三千ポンド、さらに一萬ポンドに引き上げることを命令した。その情報を得た英國は、特殊訓練を施した部隊を、ノルウェーの奧地に落下傘で降下させ、その部隊に、この工場爆破の大任を命じたのである。
 敵地に落下傘で降り、重要軍事工場を爆破するというのは、前世紀の戰爭物語にも出て來そうな話である。しかし英國のこの決死隊は、一九四三年二月十六日、嚴寒のノルウェーの雪原に降下、二月二十八日深夜ついに爆破に成功、「かつて見聞したこともない最上の奇襲」を完遂した。この奇襲直前に隊長から發せられた指令の最後には「萬一捕虜とならば自決の手段を講ずべきこと」と附記してあった。かくてドイツの原爆は、ついに完成を見ずに終った。



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