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炎暑
えんしょ |
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作品ID | 61436 |
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著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字新仮名 |
底本 |
「百日物語」 文藝春秋新社 1956(昭和31)年5月20日 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | 木下聡 |
公開 / 更新 | 2024-08-13 / 2024-08-10 |
長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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今年は世界的に非常に暑い年らしい。
例年の札幌の七月は、非常にいい時候であるが、今年は三十四度を越える日があって、避暑のつもりで來た内地の人たちを、大いに面喰らわせた。
東京の暑さももちろんであったが、シカゴへ來てみると、連日九十八度、百度(攝氏三十六・六度ないし三十八度)という日がつづくので、がっかりした。それでも八月半ば過ぎになってから、これでもまだ樂になったので、その前はひどかったようである。全然中だるみなく、百度上下の炎暑が、一ヵ月もつづいたので、皆すっかり參ったそうである。
市内に住んでいる人は、店はもちろんのこと、アパートでも、風通しは惡く、煉瓦も鋪道もやきつけられているので、東京や大阪の一番暑い日よりも、もっと惡い。しかし避暑に出かけられない人たちは、そういうところで、實によく働いている。日本から來ている學生たちも、たいてい夏は働いて、學資をつくっているが、並大抵の苦勞ではない。
日本では、アメリカが暑いときいても、どうせ冷房があって、家の中は涼しくなっているだろうと、簡單に考える人が多い。寒さの方は、たしかに暖房はどこの家でもよく設備されていて、あまり心配がない。しかし暑さの方は、アメリカでも、まだまだ對策は普及していない。ホテルでも冷房裝置のあるところの方がずっと少ない。部屋數三千、大きさでは世界一を誇るシカゴのコンラード・ヒルトン・ホテルでも、全館冷房はしていない。ごく上等な部屋だけ、部屋別に冷房裝置をつけている程度である。
從って住宅やアパートでは、冷房裝置のある方が珍しいのであって、恐らく九割以上のアメリカ人は、百度の炎熱の下にあえぎながら、働き且つ眠っているわけである。このあたりシカゴ郊外の高級住宅地で、中流以上の家庭が多いが、それでも住宅に冷房を施している家は、滅多にない。二三年前から、比較的簡單な個室用の冷房裝置が出來、盛んに廣告しているが、普及には、まだ程遠い。
アメリカは、非常に氣候の惡いところである。唯一の例外として、カリフォルニア州の海岸沿いの一部に、常春の地帶があるが、そこが日本移民と關係が深かったので、日本では、アメリカは非常に氣候のよいところのように、ぼんやり考えられがちである。
しかしシカゴと限らず、ニューヨークも、ワシントンも、ボストンも、非常に暑いところで、百度近い炎暑が二ヵ月も、年によっては三ヵ月もつづく、沙漠地帶はもちろん論外である。冷房裝置などは、ごく近年のもので、よくこういう暑いところで、いわば自然を征服して、近代文明をつくり上げたものだと思う。