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かわったホテル |
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| 作品ID | 61440 |
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| 著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
| 文字遣い | 旧字新仮名 |
| 底本 |
「百日物語」 文藝春秋新社 1956(昭和31)年5月20日 |
| 入力者 | 砂場清隆 |
| 校正者 | 木下聡 |
| 公開 / 更新 | 2026-02-10 / 2026-02-09 |
| 長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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ボストンは米國の東海岸、大西洋に面した街である。このあたりは、ニュー・イングランドと呼ばれ、初めに英國の清教徒精神をもった連中が、拓いたところである。
この附近は、いわばアメリカの「山の手」であって、ジャズ文化とは反對の舊い文化の中心地となっている。ボストンはアメリカの學都と呼ばれ、ハーバート大學や、岡倉天心がいた美術館のあるところとして、日本にもよく知られている。
ボストンの南に、半圓形を描いた細い半島があって、その海岸には、たくさんの避暑地がある。日本でいえば、東京にたいして、鎌倉、江ノ島、逗子などというところがあるのと同じことである。
その中で一番有名なのは、ウッズ・ホールという町で、屈曲した海岸線の景色もよく、水もきれいなので、ボストンやその附近の人たちの、最も好んでいる避暑地の一つである。ここにはまた、有名な海洋研究所があって、日本でも海洋關係の學者の間には、きわめて親しまれている名前である。
ところで、こんどこの海洋研究所の建物を借りて「雲の物理學」に關する會議が、九月七日から四日間開かれることになった。それに出席のために、今日の夕方、ウッズ・ホールへ着いたが、初めてのところなので、宿は幹事に任せておいた。そしたらこの表題の「變ったホテル」に部屋をとってくれた。變ったといっても、なにも惡い意味ではないから、名前をいってもよいが、ブレークウォーターというホテルである。海岸にすぐ面したところにあって、一流とはいえないが、いかにも夏の間長期滯在するのにふさわしい樣式のホテルである。
ちょうどシーズンの末期になっていて、會議出席の連中が半分ばかりの部屋を占め、きわめて落着いた雰圍氣である。それでたいへんに氣に入ったわけであるが、夕食に食堂に行ってみて、ちょっと驚いたことを發見した。
ボストンから友人がドライヴしてくれて、少しのどが乾いたので、ビールでも一杯飮もうかと思って注文したら、「うちには酒類はありません」という返事である。避暑地の宿で、ビールも飮ませないということは、ちょっと豫期しなかったので、「この町はドライ・タウン(禁酒の町)か」と聞いてみたら、「いいえ、よそのホテルには酒を出すところもあるが、うちの食堂では、どういうわけか、酒類は出しません。多分酒類販賣の免許をとるのが厄介だからでしょう」とすましていた。
アメリカという國は、まことに多樣な國である。それにしても江ノ島あたりの避暑客相手の宿屋で、夕食に酒もビールも出さないという宿屋があったら、お客はどういうだろうか。