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万年青
おもと |
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作品ID | 61442 |
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著者 | 矢田 津世子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「百年文庫49 膳」 ポプラ社 2010(平成22)年10月12日 |
初出 | 「婦人日本」毎日新聞社、1942(昭和17)年 |
入力者 | 持田和踏 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2023-06-19 / 2023-06-12 |
長さの目安 | 約 13 ページ(500字/頁で計算) |
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福子は笑い上戸で通っていた。睫毛のふかいパッチリと見開いた丸っこい眼が、みるみる三日月になってクツクツと笑いだす。そばにいるものまで、つい、つりこまれて笑い出す始末だった。
「まあ、福子さんたら、何がそんなに可笑しいの?」
つりこまれて一緒に笑い出した友だちが、しまいにはおなかを痛くして、わけもなしに肚を立てて、こう恨みがましく福子を責めることさえあった。
笑うまいと力んで口を固く結んでいても、しぜん、ほぐれて、笑い出してしまう。生れつき、笑いの神様がちゃんと胸の中に鎮座していらっしゃるのだと、福子自身は諦めている。神様の居催促にあっては叶わない、笑わないわけにもいかないと、こっそり自分に言い訳を云ったりした。
「福子が笑うのは、一種の運動なんだね。」
良人だけは、こんな云い方をした。そして、いかにも若い男らしい興味深そうな眼つきで、福子の顔をまじまじと眺めるのだった。
「いやよ。研究資料みたい。」
福子は笑いながら、ぷいと顔をそむける。
「はあ、やっぱり、運動だね。顔面筋肉の活動。内臓の躍動。」
良人は独りで感心して、「腹が減るのも無理がないね。とても節米にはなるまい。」
と、こんどは福子を見て同情したり、歎いたりした。
「賑やかなほうがいいって、あんなにわたしをお望みになったのに。」
福子も負けてはいなかった。
良人はにやにやして、
「百年目だね。」
と、手軽に応酬した。「お名前どおりの福の神といっしょにいると思えば、男冥利につきるよ。」
貶されているのか、賞められているのか、福子はどっちつかずの気持で、こんな良人を前にして、途方にくれた。
福子は、友だちの間でも、親類の間でも、「福子さん、福子さん」で親しまれていた。座がはずまないようなとき、
「福子さんがいらっしったらね。」
と、かならず、その名が話題になるのだった。福子がいるだけで、もう、座の空気がやわらぐ。気づまりな雰囲気が、福子が入ってきただけで、なごやかに明るくはずんでくるのだった。
「高木の家では、いい嫁さんを当てたものだ。気だてはよし、働きものだし、隠居さんも自慢の可愛い嫁さんだからね。」
親類の者たちは、こう云って評判しあった。
「可愛い嫁さん!」
みんなが口にするこの言葉は、まったく、福子その人を云いあてていた。本家の隠居が自慢をするのも無理がない。
この隠居は、本家の先代の連合いで、福子の良人には祖母にあたる人だった。七十六になっていたが、少し耳が遠いだけで、まだ元気で家の中のことを何かとおさえていた。先代が築きあげた産を守って、時代に添って生かしているのも、この隠居の力だった。当主の、福子の良人には父にあたるその人は、温厚一途が取り柄で、仕事の上のことでは、まだまだ隠居の差し図の下にいた。
「隠居さんが采配を振っている間はいいが、今にいなくなったら博…