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氷は金属である
こおりはきんぞくである |
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作品ID | 61450 |
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著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字新仮名 |
底本 |
「百日物語」 文藝春秋新社 1956(昭和31)年5月20日 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | 木下聡 |
公開 / 更新 | 2024-04-11 / 2024-04-03 |
長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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氷は、小さい結晶が、勝手な向きをとって集まった塊であるといったが、金屬がまたそういうものなのである。われわれが普通知っている鐵でも、銅でも、亞鉛でも、皆小さい結晶が集まって出來ているものである。
金屬の大きい結晶は、單結晶と呼ばれているが、この二三十年來、各種の金屬の單結晶が人工的に出來るようになったので、この方面の學問は、大いに進歩した。
金屬に力を加えると、曲ったり、潰れたり、いろいろな變形をすることは、實際問題としては、よく分っていたが、理論的には、構造があまり複雜で、全然手がつかなかった。しかし單結晶では、原子の配列状態が分っているので、原子の性質とその配列とから、理論的に、金屬のいろいろな性質を推定することが出來るようになった。
ところが、理論的に出したそれ等の性質は、實際に單結晶を壓したり、引っ張ったりして測った性質とは、ひどく食いちがうのである。
初めは、實驗が不精確なためだろうとか、理論が不十分なためだろうとか、いろいろやってみたのであるが、研究が進むにつれて、ますます理論と實驗との差がひどくなる。それで何か根本的な間違いがあるのではないかと、皆が考えるようになった。
そこで出て來たものが、結晶格子の缺陷および轉位の理論である。この理論は、今日の物性論の中でも、一番華々しいものであるが、詳細な説明は、讀者に迷惑であろう。
この理論の灸所は、實際に存在している結晶は、天然のものでも、人工のものでも、全部必ず缺陷があるので、完全な原子の配列から成っている結晶はない、という考え方である。人間については、こういうことは、何千年もの昔から、よく知られていることである。
こういう考え方を基礎にして、いろいろな實驗をやって、金屬單結晶の性質が、ほとんど全部説明出來るようになった。たとえば、亞鉛のような六方晶系(氷と同じ型)の結晶では、縱の方向には變形しにくいが、それと直角な面、すなわち底面内では、簡單にずれることが分った。いわば紙を重ねたような構造をもっているのである。
しかし内部構造に缺陷があるとか、ある方向に容易にずれるとかいっても、金屬の場合は、内部を見ることは出來ないので、外形の變形や、いろいろな測定値から、こういうことを推論していただけである。ところが、氷の單結晶を使って、同じ實驗をやってみると、これ等の内部構造の變化を寫眞に撮ることが出來、從來の理論が一々實證出來た。
實は去る二年間、アラスカの氷河の單結晶を使って、いろいろな實驗をして來たが、その一番の收穫は「氷は金屬である」ということがわかったことである。