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自動車を止めるボタン
じどうしゃをとめるボタン
作品ID61454
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2025-09-30 / 2025-09-30
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 アメリカでは自動車の交通規則がやかましく、赤ランプの突破など、ひどい罰金である。
 何分ああ自動車が多くては、よほど規則を嚴重にしておかなくては、到底交通の安全を期し難い。車道と人道との區別もはっきりしていて、車道には普通自動車だけしか走っていない。自轉車は、原則として人道を通ることになっている。まず乳母車並みである。
 人命を非常に大切にしているので、誤って人を轢くと、たいへんな損害賠償をとられる。下手をすると、轢いた方は一生涯只働きをしなければならない。裁判で一度判決を受けると、その額を支拂うまで、月給の中からずっと差し引いて、とられてしまうからである。
 もっとも歩行者に對しても、交通規則はきわめてきびしい。横斷歩道でないところを横切って、自動車に轢かれても、たいていは轢かれ損である。その代り、横斷歩道のところで轢くと、今度は轢いた方が、一生只働きのおそれがある。とにかくひどく割り切った國で、日本風な人情味は、まず無い國と思わなければならない。
 規則ずくめで、何でもきちんとやるので、時々意外なことがある。
 例えば横斷歩道であるが、自動車道路の四つ角には、必ずゴー・ストップがついていて、人も車も、必ずこれに從わねばならない。それでランプさえ見て通れば、交通禍の心配はない。
 ところが、時には自動車道路と細い道とが交叉しているところがある。そして自動車道路の方は重要交通路で、これと交叉している細い道の方は、たまに人が通る程度の道である、という場合もある。
 そういうところに、ゴー・ストップをつけると、妙な現象が起る。自動車道路の方は、赤になると、何十臺という自動車が止っているが、その間、細い道の方は誰も通らない。全くの時間の無駄である。
 そうかといって、ゴー・ストップをつけなければ、今度は横切る人の方が困る。轢かれ損になってはたいへんであるから、と言っていては、何時までも道が横切れない。
 そういうところには、よく電柱にボタンがついている。そしてゴー・ストップは自動車道路にたいしては常に青になっている。ところが歩行者がそのボタンを押すと、途端にそれが赤になる。それで歩行者は、たくさんの自動車を止めておいて、悠々と横斷が出來る。或る時間經つと、自動的にランプはまた青に戻るのである。
 私の住んでいたシカゴ郊外の住宅地にも、そういうところがあった。時々そのボタンを押して、キャディラックどもを大勢止めて、泰然と道を横切るのは、惡くなかった。驚いたことには、犬までその機會を待っていて、悠々と横切るのを見たことがある。



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