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長寿
ちょうじゅ
作品ID61466
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2025-01-08 / 2025-01-05
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 國際雪氷委員會の前總裁チャーチ博士は、現在八十九歳くらいである。チャーチ博士とは、十數年來文通をしていたが、初めて會ったのは、今から六年前、一九四九年の夏であった。
 ネヴァダ州のリノの町に、ネヴァダ大學があって、チャーチ博士は、その大學の教授を永らくつとめていた。私が初めてチャーチ博士に會った年、即ち一九四九年に、老齡の故をもって、大學から引退することになった。
 これは老博士の意志ではなく、大學側から要求された形であったらしい。先生はその點大いに不滿のようであった。初めて會った日に、もうその話が出て、「大學は、私を年寄扱いにして引退を勸めるのだ。まだ數年は働けるつもりなのに」と、言っておられた。年をきくと「八十三歳」だという。
 一寸可笑しいのは、チャーチ博士は、たしかその數年前に、インドの水資源調査を頼まれ、ヒマラヤ地方を踏査されたはずである。それで「貴方は近年ヒマラヤへ行かれたはずだが、あれはいつのことでしたか」と聞いてみた。そしたら「あれは一昨年のことで、八十一歳の時だった」とすましていた。
 アメリカでは、榮養學と老齡學が發達したので、こういう例がそう珍しくないそうである。日本でも戰爭後急に平均壽命がのびて、男は六十七歳、女は六十八歳になったという。まことに芽出度い話である。以前の日本人から見たら、平均して二十年以上も長生きするようになったのだから、これは大いに慶賀してよい。
 ところが、昔の日本人は、皆短命だったかというに、そうでもないという記録がある。東京都内の銀行支店長の懇話會で、絲川欣也博士が講演されたことがあるが、その筆記の中に、その記録が出ている。因幡鳥取松原村の百姓、松原仙右衞門の一家では、六代の夫婦が揃っていたが、その年齡は、左の通りである。
   仙右衞門(一八三歳)    妻 きの(一七一歳)
伜  佐右衞門(一三一歳)    妻 いさ(一二九歳)
孫  富右衞門(一〇三歳)    妻 かね(一〇一歳)
彦孫 三十郎 ( 六〇歳)    妻 いく( 五四歳)
曾孫 源之助 ( 三七歳)    妻 ちよ( 三六歳)
玄孫 源太  ( 一五歳)    妻 いの( 一七歳)
 文化十二年の話であるが、相當確實な資料のようである。これだったら、アメリカの老齡學など、足下にも及びつかないであろう。



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