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低温科学と国鉄
ていおんかがくとこくてつ
作品ID61469
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2026-04-11 / 2026-04-10
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 日本の低温科學は、外國がそう熱心にやっていないという理由によって、現在のところは、比較的進歩した側に立っている。この方面の日本の學問が、世界の中で或る程度の門戸を張って居られるのは、その蔭に、鐵道當局の援助が、相當有力な背景をなしている。
 雪や寒氣に對しては、鐵道は、昔から強い關心をもっていた。信越地方に於ける雪崩の問題、北陸、東北の全線に課せられた除雪の問題、北海道の凍上の問題、それに近年は電線着雪の問題など、皆、鐵道當局が、イニシアチイヴをとって、研究を開始したものである。
 凍上については、札幌鐵道局が音頭をとって、五カ年計畫を立てて、基本的な面から、この問題と、とり組むことになった。偶々戰時下にあった滿鐵が、同じ問題で惱んでいたので、その兩者からの依頼もあって、かなり大仕掛けの研究が爲された。その結果、凍上の機巧が一應判明し、その對策についても、原則的の案は立った。といっても、何か一寸おまじない的な祕法を施せば、凍上がぴたりと止まるという方法が見附かったわけではない。排水と、路盤の改良とを、漸進的に進めるという、常識的な方法である。この分り切った話は、北海道の各所で、地道に實施され、凍上の問題は、漸次解決されつつある。
 アメリカの凍上對策も、原則は同じであるが、何といっても、金のある國だけに、十分に安全度をとって、路盤の改良などをやっている。アメリカでは、鐵道よりも、自動車道路の方が遙かに重大な問題である。戰爭中に、シアトルの附近から加奈陀の太平洋岸を通って、アラスカまでいわゆるアラスカ公路を、短日月のうちに作り上げ、大いに土木能力を誇ったのである。しかしこの道路は、一冬の凍害で、大部分こわされてしまったという噂もある。
 着雪の研究は、國鐵から鐵道電化協會に委囑されたものであるが、研究は主として、新潟縣鹽澤町にある國鐵の雪研究所で行われた。この着雪の研究も、既に五カ年の第一期計畫を完了し、現象の本質は一應完全といってよい程度に、判明した。從って經濟的のその對策も、原則的には確立した。この成果は、アメリカ及び諸外國の同種の研究よりも、たしかに一歩進んでいるように、私には思われる。少くとも、アメリカでは、着雪と着氷との區別も、はっきりさせないで、この問題を論じているところもあるようである。在米中に或る送電機械の製造會社から頼まれて、アメリカの着氷雪の問題について、相談を受けたことがあるが、その時の印象では、たしかにそうであった。
 こういう面から見ると、國鐵が我が國の低温科學の發達に貢獻した點は、かなり大きいように思われる。國鐵の惡口をいうことが流行っているので、少し天邪鬼なことを書いておくことにしよう。



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