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ジンギスカン鍋
ジンギスカンなべ
作品ID61509
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2025-04-29 / 2025-04-26
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 蒙古の方へ行くと、緬羊の肉をさかんに食べる。茫々たる蒙古の草原の中で、暗夜星をいただいて、野外で緬羊の肉を、大きい鐵鍋の上でやきながら食べる。煙がもうもうと上るので、野外で食べるのに、ふさわしい料理である。
 この料理は、ジンギスカン鍋と呼ばれるもので、東京などにも、二三食べさせる店がある。しかし日本でジンギスカン鍋を食おうと思ったら、札幌へ行くに限る。前からもあったのであるが、この近年急に流行して來て、札幌名物の一つになりつつある。
 緬羊の肉は、蒙古と限らず、英國でもフランスでも、相當よく食われている。しかし少し匂いがあるので、日本人には不向きということになっている。もっともそれは料理法によるのであって、この匂いを消す方法はいくらもある。
 ジンギスカン鍋は、そのうちでももっとも巧い方法であって、大蒜をすり込んだ味附醤油に肉を暫く浸しておいて、それから燒くのである。それで肉の匂いはすっかり消えて、そのかわり大蒜の匂いがつく。それをいやがる人もあるが、巴里の一流料理店で食わすフランス料理には、必ず大蒜が使われるそうであって、少量ならば、そう臭味を心配することはない。
 この頃東京などからやって來る友人には、まずジンギスカン鍋を御馳走する。まあ珍しいせいもあるが、たいていは皆美味いと褒めてくれる。それで私もせいぜい宣傳の片棒をかついでいるわけである。それには、ジンギスカン鍋が美味いというだけでなく、今一つの理由があるからである。友人の一人に、敗戰後の日本再建について、いろいろ考えている男がいる。そして北海道の農地および農家の事情を調べた結果、北海道の農村には、百萬頭の緬羊を入れる餘地があるという結論に達した。
 現在でも、北海道の農家の中には、一頭か二頭の緬羊を飼っている家が相當ある。年に一回毛をかると、一貫目くらいはとれるので、家族全體の靴下や手袋、家によっては、チョッキくらいは作れる。それで皆重寶しているのであるが、それ以上はなかなか殖えない。
 理由はきわめて簡單で、毛だけでは、經濟的に引き合わないからである。手間まで入れて考えてみると、どうしても肉も金にしないことには、けっきょく手間損になる。それでジンギスカン鍋がもっと普及して、羊肉が今少し高く賣れるようになれば、放っておいても、農家の人たちは、競って緬羊を飼うだろう。
 百萬頭も飼うようになったら、羊毛は輸入しなくてもよいことになり、毛に關しては、自給自足が出來るようになる。外貨は今一弗でも節約したいところであるから、大いにジンギスカン鍋を食って、北海道に緬羊を殖やすべきである。



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