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フィルター付煙草
フィルターつきたばこ
作品ID61514
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2025-05-31 / 2025-05-26
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 卷煙草の吸口のところに、綿のようなもの、即ちフィルターをつけて、煙を濾すことが流行っている。
 そういうフィルター附の煙草は、數年前から賣り出されていたが、昨年歸る頃には、まだそう流行していなかった。稀れに吸っている人を見かける程度で、全體の數パーセントにもならなかったであろう。
 ところが、今度來てみたら、僅か一年のうちに、たいへんな流行である。研究所の中でも、半數近くは、このフィルター附の煙草を吸っている。私も試みてみたが、口あたりが軟くて、何となくのどにいいような氣がするので、目下つづけてみている。
 アメリカのように、消費度が高くて、極端な自由競爭をやっている國では、何か一つ當たると、一遍に大金持になる。煙草の方は、大會社でやっているのであるから、今紀文のようなことはなかろう。しかし會社としては、何か一つ人氣に投ずると、大いに儲かるわけである。
 フィルター附の煙草が、何故急にこう普及するようになったかは、一寸分らない。やにを濾せば、のどにいいくらいは、初めから分っていたことである。
 ところで、今日パーティーに招ばれて行ったら、同席の夫人が、やはりフィルター附の煙草を吸っている。そしてこの方が幾分は肺臟癌の豫防にいいだろうという話をしていた。
 昨年歸る一寸前頃、アメリカで、紙卷煙草と肺臟癌との關係が、大問題になったことがある。紙卷煙草を一日二十本以上吸う人と、煙草を吸わない人とについて、それぞれ肺臟癌の率を統計的に調べてみると、喫煙者の方が、斷然多いという結果が出た。壽命の方も、喫煙者の方が數年短いという統計がはっきり出ていた。
 ところがパイプを使っている人について調べてみると、この方は煙草を喫まない人と、ほとんど同じである。それで紙卷煙草の紙の方が惡いのだろうという風に、解釋されていた。
 こういう結果は、實はどうにでも解釋されるもので、紙卷煙草の紙の燃燒物の中に、癌の發生をうながすものが見つかればとにかく、統計だけでは、何ともいえない。紙卷煙草の常用者は、多くはオフィスで忙しい神經勞働に追い回されている連中である。そういう生活環境が、壽命を短くし、且つ癌の發生をうながすのかもしれない。それは別の話として、紙卷煙草と癌との關係の研究が發表されると、フィルター附煙草を大々的に賣り出す會社の腕には、まことに恐れ入る。
 もっとも紙卷煙草の紙を燃やした煙か何かを、鼠に吸わせたら、癌が發生したという研究もあるらしいが、こういう研究は、決定的な結論が出るまでには、長い年月がかかるであろう。



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