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![]() マックアーサーのじゅうだいはっぴょう |
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作品ID | 61518 |
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著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字新仮名 |
底本 |
「百日物語」 文藝春秋新社 1956(昭和31)年5月20日 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | 木下聡 |
公開 / 更新 | 2025-01-26 / 2025-01-26 |
長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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九月三日のシカゴ・トリビューンには、マックアーサー元帥の重大な發表が出ている。天皇と戰犯の問題についてである。
この話は、九月二日に、重光外相が、マックアーサーのニューヨークの寓居を訪ねた時、元帥が發表したものである。そしてこれは、今まで未發表の大戰誌の一こまであると言っている。終戰直後に、ソ連は、天皇を戰犯に指定し、他の戰爭指導者たちと一緒に、絞首刑に處する方針であった。他の同盟國の中にも、同意見の國があって、放っておけば、そういう方向に進んだかもしれなかった。
しかしマックアーサーは、これに斷乎として反對した。彼は日本國民の天皇に對する捨身の忠誠心をよく理解していて、もしそういうことをしたら、到底日本占領の政策を行うことは出來ない、恐らくもう百萬人の兵隊をもって來なければ、日本を占領することは出來ないと、強硬に主張した。この抗議は、ワシントンの注意をうながし、ついで各國に及んで、幸いにして、日本の國は、最大の悲劇から免れることが出來たのである。
マックアーサーは、この主張を通すのに、非常な努力を拂わざるを得なかった。當時の状勢は、かなり天皇に對して不利であって、一つ間違うと、マックアーサー自身が、苛い目にあうおそれが十分あった。そういう困難を突破して、天皇を戰犯から救ったのは、占領政策遂行の便宜ばかりでなく、マックアーサーが、下品な表現をすれば、天皇に惚れ込んでしまったからである。
マックアーサーが最初ひどくびっくりしたのは、この戰犯の問題を初めに持ち出されたのは、天皇自身であったことである。「私が非常に驚いたのは、天皇自らが爲された宣言である」とマックアーサーは言う。天皇の申し出は、つぎのとおりであった。
自分は、今度の戰爭遂行に伴う全事件に對して、完全な責任をとる。全軍の司令官たち及び政治家たちのやった、すべての行動の責任は自分にある。自分の運命に對して、貴方(マックアーサー)がどういう判斷をされてもかまわない。貴方の判斷どおりに進みなさい。自分はすべての責任をとるから。
天皇からのこの申し出で、マックアーサーは、すっかり參ってしまったのである。「私は彼にキッスをしかねなかった」とマックアーサーは、今度の會談の中で言っている。
天皇のこの崇高な心事が、直接にその心臟に響くような、占領軍司令官であったことを、われわれは天に感謝しなければならない。こういう話は、前に噂話として聞いたことはあるが、當の司令官自身の口から、正式に發表されたのを聞くと、感慨の新たなるものがある。