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ムニタルプ協会
ムニタルプきょうかい
作品ID61519
著者中谷 宇吉郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「百日物語」 文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2025-05-08 / 2025-05-06
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 アメリカはドルの國で、何ごともすべて實用一點張の國である。學問にまでその傾向があって、たいていの研究は、皆はっきりした目的をもっている。その點、學問を實際に役立たせるには、非常に有利である。その半面、實用を全く離れた純粹な科學的研究は、こういう國では、育ちにくい。今までのアメリカの大發明といえば、ほとんどすべてが、歐洲で發見された原理なり現象なりを、アメリカで大量生産的に實用化したものである。
 こういう傾向は、一國の科學技術體制としては、いささか不健全なので、アメリカでも識者は皆内心氣にしているようである。それで實用を離れた、いわば學問のための學問も、重視しなければならないと、折にふれて言っている。
 ところで、その一つの現われとも見られる變った協會があるので、その紹介をしよう。
 名前から變っているので、ムニタルプ(Munitalp)協會(ファウンデーション)というのである。こういう言葉は、英語にはないので、誰でも一應首をひねられるであろう。實はこれは逆に讀めばすぐ分るので、プラチナム(Platinum)即ち白金を逆さにしたのである。アメリカの白金關係の實業家たちが、白金のお蔭で、大いに儲けたから、何か世の中のためになるようなことをしようというので 皆が金を出し合って、こういう協會をつくったのだそうである。
 感心なことには、白金の精錬とか、鑛床の研究とかいうことは、全然この協會の目的には、はいっていない。何でもいいから、變った研究をする男で、獨創性のある人に、一生勝手な研究をさせるというのが、協會の目的ということになっている。研究の場所も、題目も全然指定しなくて、もちろん完成とか、應用などということも考えなくて、一生何でも好きな研究をしていろというのである。
 ところで、數年前にこの役目を引き受けたのが、GE研究所にいたシェファー博士である。ドライ・アイスをまいて、人工降雪及び降雨をやろうという實驗を、最初にやった男で、日本にも名前のよく知られている學者である。
 シェファー博士は、大學も出ないで、名譽學位をもらった人で、大分變った男である。如何にもムニタルプ風なところがある。今度久しぶりで會って「結構な御身分になったそうじゃないか」といったら、「うん」と言って、大きくうなずいて威張っていた。
 何でも自分の家を研究所にして、隣りにあった四エーカー近く(約五千坪)の土地を買い足し、實驗室を一つ建てて、そこでジェット氣流の研究をしているそうである。そして「變った研究で、大學でも政府でも相手にしてくれない研究をしたい時は、俺のところへ言って來い」と、メートルをあげていた。



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