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『鉄砲左平次』序にも一つ
『てっぽうさへいじ』ついでにもひとつ
作品ID61542
著者佐藤 春夫
文字遣い新字新仮名
底本 「たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集【底本画像有】」 平凡社ライブラリー、平凡社
2015(平成27)年7月10日
初出「新青年 第十巻第八号」1929(昭和4)年7月1日
入力者持田和踏
校正者noriko saito
公開 / 更新2026-03-19 / 2026-03-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 何の国、何郡なり。
 古来、魔所と伝える峠、或る晩そこで一人の若者が八ツ裂きにされて了った。峠を越えて夜毎隣村の娘に通うていた男である。
 殺された男の友達思うに、今時魔物など住んでいる筈もない。これは言い伝えのある場所をよい事に、わざとかかる酷たらしき殺し方をして恋の意趣を晴らすものであろう。
 女敵らしい者を物色し、復讐を企て夜陰にその峠を数人にて越える折から、先頭の一人がまたしても咄嵯の間にその場に倒れ、浮き足立った連中は見極める隙もなく逃げ帰り、再び勇気をふるって戻って見ると、矢張り物凄まじい有様で死んで了っている。
 再度の事に、怖れは絶頂に達して、今さらに古来の伝えを思い出すのであったが、中でも智慧のあるのは矢張り魔者なぞは信じられないので、天狗などというものはない筈だから、多分鷲かなんかでもあの大木に来て止るのであろうなどと取沙汰をしていた。
 これを聴いたのが鉄砲左平次という老人です。鉄砲の名人で、倅から仔細の話を聞くと、みんなの止めるのもかまわず、月の明るくなる晩を待ち兼ねて出かけたのです。
 充分自信のあるらしい左平次は、何人も後に従う事を宥さぬので、それでも五六人の連中はついて行くつもりでいたが、矢張りその場所までは出かける勇気がなかったらしいのです。
 いくら待っていても左平次は帰って来ませんから、みんなは八ツ裂になっている左平次を予想しながら出かけて見ると、左平次は果してそこに倒れていましたが、幸いにも負傷一つしていないのです。
 色々世話をして息を吹き返した左平次の言う所では、前夜、左平次は大木の根元へ来て待ち伏せていると、月明りの中に、大木の数々の枝に遮ぎられて何者とも分らぬものが、梢から段々下へ降りて来る気配を感じ息を殺して待っていると、或る所まで来て動かなくなって了った。
 枝々の隙間から覘を定めて一発放すと、思いがけない程の凄まじい手答えがあって、そのため左平次はどしんと尻餅をつき地面へ倒れたかと思うと、落ちて来たのは何者でもなくただ笑い声であった。
 左平次はそれを聴きながら恐怖の余り気が遠くなり、人々に見つけ出されるまでは死んだも同然であったという。
 口の重い左平次は、どんなものを見たか、見なかったか、それも分明言いあらわさないが、それが何にしろ一通りのものでなかった事だけは、豪胆な左平次が未に恐怖の表情をしているので充分に察しられたのです。
 そればかりか、左平次はその夜以後、怖ろしい、怖ろしいと言い続けて、気病みのような状態になって了った。
 みんなが心配をして、左平次を或る温泉にやる事にしたのです。一晩山の夜露に濡れていたから身体に障ったのだろうという医者の見立ての通りであったのか、温泉は大変ききめがあって、左平次は一日一日と恢復して来ました。
 そうして、今は気も慥かになり、晩秋の畠の忙しい事を言い出して、…

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