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緑衣の少女
りょくいのしょうじょ
作品ID61548
副題聊斎志異 巻八「緑衣女」
りょうさいしい かんはち「りょくいじょ」
著者佐藤 春夫 / 蒲 松齢
文字遣い新字新仮名
底本 「たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集【底本画像有】」 平凡社ライブラリー、平凡社
2015(平成27)年7月10日
初出「現代 第三巻第七号」1922(大正11)年7月1日
入力者持田和踏
校正者noriko saito
公開 / 更新2025-06-05 / 2025-05-30
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 益都の生れの小宋という別名を持った于生という若者があった。彼は醴泉寺の僧房に学生として住んでいた。或る夜のこと、ちょうど彼が読書に耽っている時であった。突然、窓のそとに若い女性の声が聞えた。それは彼を讃める言葉であった「于さん、大そう御勉強でいらっしゃること。」彼はおどろいて跳び上った。そうしてその方を見た。それは、緑の衣を着て長い上衣を身にまとった比べるものないほど優しいたおやかな少女であった。彼は一目に、その少女が人間の類ではないという予感を持つことが出来たから、押してその住所を聞いてみた。しかし少女は答えた「ここに居るじゃございませんか、私が何か人を噛みつきでも食べでもするように見えまして? なぜあなたはそんな事を訊いたり探ったりなさるのでしょうね。」彼は心からこの少女が好きになった。その夜、彼の女は若者の許に泊った。少女の下着は透かして見える絹であった。彼の女がその紐をといた時、彼の女の腰は片一方の掌でまわるほどに細かった。しかし、夜が明けた時、彼の女は寝床から身を飜すと、そのままどこかへ消え去ってしまった。
 それから後は、若者の許に少女の訪れない夜はなかった。或る夜、二人は向い合って食卓を倶にした上、いろんな話を語り合った。そうして彼は少女が音や律のことについてよく理解しているのを知った。彼は云った「若しお前が唄をうたったら、お前の唄のために私の魂が飛び去ってしまうにちがいない。」彼の女は笑いながらそれに答えた「あなたの魂が飛んで行ってしまっては大変です。」しかし彼が一そう強くたのんだ時、彼の女は言った「私は唄を吝むのではありません。ただ他人に聞かれるのが気になるのです。でもあなたのお頼みなら、よろこんで拙い芸をお聞かせいたしましょう。」それから少女は、しなやかに足拍子をとりながら寝床に身をもたせて歌った――

樹の上に黒い鷹が怖ろしい
深い夜にもわたしを眠らせない
それ故わたしはあなたの名を呼んで啼く。
わたしは気にもとめない――
わたしの絹の靴や、またそれを透して
雨がわたしを濡すことなどは。
ただ案じる、どんなにあなたが淋しかろうと
そうして、走る、ただ走る、あなたの方へ。

 少女の声は絹糸のようにかすかであった。辛うじて聴きとれて、辛うじて分るほどであった。彼は身動きもせずうつりかわって行く高低の調子と、円転し、さては絶続する音律に聴き入った。それは耳に媚び、心臓をゆすぶった。歌い終った時に、少女は扉を開けて外を見ながら言った「胸がどきどきする。誰かそとに、窓の前に人が居るようです……」彼の女は自分のまわりと、家のまわりとを見まわしてから再び室に這入って来た。若者は言った。「何を考えているのだ。何が恐しいのだ? お化けは人にかくれ人を恐れるという諺があるよ。」少女は笑いながら答えた。「それじゃ私もそのお化けでしょうよ。」
 彼等がそれ…

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