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私の父が狸と格闘をした話
わたしのちちがたぬきとかくとうをしたはなし
作品ID61549
著者佐藤 春夫
文字遣い新字新仮名
底本 「たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集【底本画像有】」 平凡社ライブラリー、平凡社
2015(平成27)年7月10日
初出「婦人公論 第六年第九号」1921(大正10)年8月1日
入力者持田和踏
校正者noriko saito
公開 / 更新2025-12-25 / 2025-12-23
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 これは本当の話なのだが、あまり奇体な話なので、人が本当にしてくれるか知ら。何にせよ、本当の話なのだ。これが本当の話だということは私の故郷(紀州新宮)の人たちがよく知っている。
 それは、私が十ぐらいのころのことだから、今から二十年も昔のことである。――その頃では未だ、今では人が見向きもしない自転車というものが、今の自動車ぐらいに珍重されていた。殊に大都会からかけ離れている私の故郷の地方などでは、余程めずらしいものの一つであった。皆は二輪車と言っていた。その自転車へ、その地方で一番早く乗った人は私の父であった。一たいが私の父という人は趣味の多い人で、面白いものや、美しいものや、珍らしいものや、古風なものや、或は極く新奇なものなどの好きな人で――この気質は私にも伝っているが――それ故、未だ誰も乗っていない自転車へ乗るのが面白かったのだろうと思う。それにただうれしく面白いというばかりではなく、実際の用事もないのではなかった。私の父は医者なのだが、山坂が多くって便利な交通の機関のない私の故郷などでは、医者のような遠くへ早く行く必要の多い人にとっては、自転車は重宝なものであったのに相違ない。それで、私の父はうちに人力車もあったけれども、天気のいい日や非常にいそぐ時などにはよく自転車へ乗った。
 初めのうちは人が大へん珍らしがった。――父が或るところを自転車で走っていたら「あれ、あれ、あれ」と大きな声でびっくりして呼ぶ者がある。ちらと見ると、道の片わきに低い石垣があってその向うに、お爺さんとお婆さんとが日向ぼっこをしていたそうだが、このお爺さんとお婆さんとは自転車へ乗っている私の父の腰から下が石垣で見えないで……それに自転車というものも見たことがなかったので、飛ぶように行き過ぎる人間を見て天狗でも見つけたようにびっくりしたのだろう。私の父はそう話をしたこともある。それからこれは、紀州新宮でのことではなく、北海道の十勝川の沿岸にある私の父の農場に近い村でのことであるが、そこでも自転車が、そのころ大へん珍らしかったそうである。その農場の用事で私の父がそこへ行った時にもやはり自転車を持って行った。広い野原の道を、私の父が自転車で行くと向うの方から学校がえりの村の子供たちが来た。驚いて自転車の上の父を立ちどまって見て居たが、通りすぎると後からついて来ながら、子供の一人は、
「これや、天皇陛下さまじゃろうか」
 と、言ったそうである。この無邪気な驚きの言葉は、今、私のうちで流行言葉になっている。
 さて、私の父が自転車へ乗りだしてから、私の故郷の地方でもだんだんと父の真似をして自転車へ乗る人がふえて来た。そうしてその人たちは、時々には道ばたで遊んでいる子供たちを怪我させたりしたと見える。ある時、私の父が遠乗りをして海岸の漁師村を通りすぎようとすると、道で遊んでいた子供がびっくり…

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