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柱時計に噛まれた話
はしらどけいにかまれたはなし
作品ID61601
著者佐藤 春夫
文字遣い新字新仮名
底本 「たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集【底本画像有】」 平凡社ライブラリー、平凡社
2015(平成27)年7月10日
初出「文章倶楽部 第十一巻第三号」1926(大正15)年3月1日
入力者持田和踏
校正者noriko saito
公開 / 更新2026-05-06 / 2026-05-05
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#挿絵][#挿絵][#挿絵]※[#I四つ、217-2][#挿絵][#挿絵][#挿絵][#挿絵][#挿絵][#挿絵][#挿絵][#挿絵]
文字は星のやうにあざやかな金
その文字板は死のやうにまつ黒
ぐるりは花と葉との浮彫
さてその振子はと言へばそれは
風にゆれるたつた一房の葡萄の実
熟れて命のやうに甘いたつた一房
このよき細工人は無名でこそあつたが
ヱピキユラスほどの賢者だつた
美しい教はつつましいから
人には知られずに三十年の間
場末の時計屋で塵まみれだつた

 これは私がその時計を買った時に、うれしさのあまりにつくった詩であります。地震の年のしかもあの怖ろしい事の五六日前に、わたしは、その頃いた大森の町のガアドのわきの古い時計店でそれを手に入れたのです。その時それは本当に塵まみれでした。店の主の話では二十五年も三十年近くもうれ残っているのだという事でした。多分うそではありますまい。その時計店というのがかなり古い店らしく、主人の話では彼の父が横浜で店を開いたのだそうです。時計屋などという新奇な――当時としてはさぞハイカラな店をやっただけに、その人というのがやはり好事家だったそうです。そんなことを話しながら四十位のそこの主人は、ふみ台などを持ち出して壁の上の高いところにあるその時計を、
「これもおやじの物好きの形身でさ、いつ買い入れたものだか、あたしが覚えてからでも二十五年や三十年にはなりますよ。……え、いくらででも買ってやって下さい。……さようですな八円ぐらいではいかがでしょう。」
 わたしは時計が気に入っているところへ、時計屋の言葉も気に入ったし、値段も気に入った。喜んで買う約束をして、しかしそれにしたって機械は大丈夫だろうなと念を押すと、売手は確実にうなずいて、
「大丈夫ですとも。何しろ、しかも、あまり長い事ほっ放してありますから、一度掃除をして油をさしてから――さよう、明後日御とどけ致しましょう。ただね、予め御断りして置きますが、こいつは風の当るような場所へかけると駄目ですよ。振子がこのとおり外へぶらさがって出て居るのですからね。何しろ洒麗た細工だなあ。」
 そう自分の売物をほめたのも買うときまったわたしには、愉快でした。それでわたしも店さきを見まわしたりして、そこに掛っていた古びた銅板画の額などをほめたものです。全くちょっと見あたらないしにせらしい、それも落ちぶれたしにせらしい床しさのある店でした。
 そこで肝腎の時計だが、それは約束どおり三日目のひるすぎに、暑いさかりを店の主人が自分で運んできて、それを掛ける釘までうってちゃんと壁の真中へかけて行ってくれたのでした。時計は楽しそうに振子を動かしています――これは風にゆれる一房の葡萄の実。熟れて命のように甘いたった一房の葡萄の実――わたしは、その時計を半日見とれていて夜になると、前に言ったような詩み…

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