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厳禁の広告放送
げんきんのこうこくほうそう |
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作品ID | 61660 |
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著者 | 和田 信賢 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本の名随筆 別巻26 名前」 作品社 1993(平成5)年4月25日 |
入力者 | ネコステ |
校正者 | 栗田美恵子 |
公開 / 更新 | 2024-08-14 / 2024-08-12 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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日本のラジオでは、広告放送は一切許容されてゐない。その昔は逓信局といふ放送にとつては大変怖いお役所があつて、一切の原稿はそこに提出する。アナウンサーの実況放送も原稿を提出しなければならないし、宮廷ニユースなどは全部アナウンスされたのを録音しておいて、万が一の時の証拠にする。
ましてや落語や漫才などで、うつかり、どこ/\の最中は美味しいとか、どこ/\の羊羹は甘いとかいはうものなら、パツとスイツチが切られてしまふ。喋つてゐる当人には分らないが、この遮断をする係りは四六時中遮断機を手に握つてゐなければならぬ。まことに御苦労様な御役目である。
ところがわれ/\アナウンサーが、この禁断の広告放送をついうつかりやらかしさうになつたことがたび/\ある。
決して故意にやつたわけではないのだが、神宮競技場などへ行くと、選手の控所では競技のウオーム・アツプにかゝる前に必ず手脚にサロメチールを塗つてゐる。この匂ひがぷん/\廊下を流れて来るが、こんなことはわれ/\アナウンサーにとつて放送のいゝ材料である。
例へば神宮競技場で各府県対抗の青年団競技など、各府県ブロツクに分れて控室でせつせと介添への涙ぐましい介抱にサロメチールを塗つてゐる図など、早速マイクロフオンの前にとり上げて、
「北海道代表の某君、いよ/\これから四百メートルのスタート・ラインにつく所でありますが、さきほど控室を覗いてみますと、一生懸命になつて、この一戦に備へてか、サロメチールを塗つてをりました――」
とやつてしまふ。
なんぞ測らん、このサロメチールは売薬品の名前であつて、大変な広告放送になるといふのである。勿論えらいお目玉を喰つた。
又朝の婦人の時間の家庭メモで、
「傷を消毒する時、アルコールとかオキシフルで……」
と、かういつたところが、アルコールはいゝのだが、このオキシフルはやはり売薬品であつて、アナウンサーの不注意も甚しいと云ふのである。これまた始末書をとられたといふのだから、今から考へてみて、ほんたうにそんなことがあつたかと馬鹿々々しいほどである。
逓信局の監督官といふものは、全放送時間中ラジオと首ツぴきで、あらを探してゐるのだからやり切れない。
そして月末になると、某々アナウンサー誤読何回、訂正何回、失言何回といふやうな閻魔帳が届けられるのである。
また屋外中継放送などに行くと、必ずこの逓信局の監督官はマイクロフオンの脇に、人によると傲然と構へて、われ/\の一言一句を聴き逃すまいとして坐つてゐる。安寧秩序を紊したり、風俗を害したり、今いつた広告に類することでも言はふものなら一大事である。私はこの存在が癪に障つて仕方がなかつた。
後楽園の野球場が出来た時のこと、後楽園球場の外野の塀には明治キヤラメルとか、森永チヨコレートとか、わかもととか、いろ/\の広告が大きな字で書いてある。
私…