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断章 アザトース
だんしょう アザトース
作品ID62061
原題Azathoth
著者ラヴクラフト ハワード・フィリップス
翻訳者Morishous T.H.E creative
文字遣い新字新仮名
初出1938年
入力者Morishous T.H.E creative
校正者
公開 / 更新2023-03-15 / 2023-02-28
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


(※この文章は作品となることなく、断章、いわば草案的な形式のまま残された原文を翻訳しております。)

 永劫の時、世に生まれては流れ、空想の余地などかの男の思考から引き抜かれたる、醜悪で厳めしい塔よ、高く、その煙る空を突く灰色の町の時代、何者も太陽も春の花咲く野原を想像し得ないような陰りの、学術的な物が地上からあらゆる美のマントを剥ぎ取った時代、斜視の詩人達は捻れた悪霊の群れを乾いた眼で捉えるなどと歌うことを辞し、皆訪れすべては去った後の、子供じみた希求が永久に廃絶されし時代に。この夢が消え去ってしまった時空の最中、ある男が人生という旅に乗り出した。
 この男の名と住処以外の記録は殆どなく、それも現世の者の記録であって記述もまた不確実なり。知り得るはただ不毛の黄昏が支配する高い城壁の街に彼が住まうこと、その混迷と影との下で彼が生きたということだけである。逢魔の帰宅を迎え受けるその窓は野の無き薄暗い中庭を見せ、他の窓はというと鈍重な絶望を湛えている。開きし窓から、身を出し見上げるはるか空、通り過ぎる小星を除いては、向かいの壁と窓しか見えず。壁や窓、読み書きする彼に狂気を引き出すは、ほんの微細な異物感、部屋の住人は夜ごと身を乗り出し上方に空を覗き、常世や灰の高層都市との背後に潜みし超越的事柄の破片の観察に費やす。数年ののち、彼はあまほしの数々を名前で呼び始め、隠れてしまった後でさえ幻夢幻想の中に名残惜しくそれらを描き、やがて男、人々の意識することさえない秘密の存在への視野を開きゆく。ある夜半、深淵の橋は架けられた。
幻夢の空は孤独な観察者の家の窓より滑り込み、彼と周囲の空間のいっさいを途方もない彼方に取り込むのだ。
 黄金の灰塵とともに至極色の空より輝きの奔流が部屋に落ち来て、火と灰の螺旋、宇宙の極限、来たるこの世ならざる重圧、渦をなして噴き出す。恍惚の痺れが大洋ほどもつぎこまれ、中心に渦巻くは直視できないほどの恒星、渦中に奇怪な海豚や狂気的深淵に棲まう海の精あり。寂しげな窓傍で捕縛されたる身体に触れることなく、夢想家の周囲へと、無音の渺茫が渦成し浮遊し、人の暦の計上以前よりの遙かなる球体の羅列が、彼の待ち望むいつかの日になくしてしまった夢へと優美に導く。それが日の出の海岸に優しく送り出したるは、幾度とない円環の軌跡の果てに眠る彼であった。水面に熱帯水生植物が広がる、赤い睡蓮草をちりばめし翡翠色の海岸にての話。



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