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ピグマリオン眼鏡
ピグマリオンめがね |
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作品ID | 62125 |
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原題 | Pygmalion's Spectacles |
著者 | ワインバウム スタンリー・G Ⓦ |
翻訳者 | 奥 増夫 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
入力者 | 奥増夫 |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2023-04-16 / 2023-04-04 |
長さの目安 | 約 34 ページ(500字/頁で計算) |
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「しかし現実とは何ぞや。すべては夢、すべては幻、キミも私も映像だ」
小人のような老人が尋ねた。身振りの先には、ズラリ並んだ高層ビル群がセントラルパークにそびえ立ち、無数の窓々が赤々と輝き、クロマニヨン人街の穴火のようだった。
ダン・バークは酒の毒気にやられた頭をはっきりさせようともがきながら、ぼんやり相手の小柄な老人を見つめた。
残念ながら、このパーティーを抜けて公園で新鮮な空気を吸いたい衝動に駆られてきたが、ひょんなことで、頭のおかしな小柄老人と連れになり始めた。
でも抜けねばならなかった。このパーティーは数ある中の一つだ。たとえ、いかすクレアがいても引き留められなかったろう。
無性に家に帰りたくなった。ホテルじゃなく、シカゴの家、比較的平穏な商品取引所だ。だがどっちみち、明日出発する。
小柄なあごひげ老人が言った。
「飲んで正夢を見る。そうじゃないか。失せものが見つかる夢か、それとも苦手に打ち勝つ夢か。飲んで現実逃避するものの、その現実ですら夢だというから皮肉だ」
ダンは再認識した。
「このひと、こわれてるな」
老人がまた言った。
「こう哲学者バークリーがのたまった」
「バークリーって。ビショップ・バークリーのことですか」
頭が次第にはっきりしてきた。大学2年の基礎哲学講義を思い出した。
「知っているのか。理想主義哲学者じゃなかったかな。こう、のたもうた。我々は物事を見ず、触れず、聞かず、味わうことなく、視覚、触覚、聴覚、味覚があるのみだ」
「まあ、そんなものでしたね」
「ああ、でも感覚は精神現象だ。心の中にある。ならば、物事が心の外に存在すると、どうしてわかるのか」
老人はまた、点々と明かりのついた建物を手振した。
「キミはあの石壁は見てない。感覚を認識しているにすぎない。視覚だ。あとは解釈している」
「あなたも同じものを見ていますよ」
「どうしてわかる? たとえ私には赤が緑に見えないとわかっても、キミは私の目を通して確認できるか。たとえ分かっていても、私が幻でないと、どうやって分かる?」
「ハハハ、もちろん誰も何も分かりませんよ。単に五感情報をとらえて推量しているだけです。間違えれば痛い目にあいますからね」
ダンは、意識ははっきりしていたが、軽い頭痛があった。だしぬけに言った。
「いいですか。あなたは現実を幻にすり替えることができる。簡単だ。でもバークリーが正しいなら、なぜ夢を現実にできないのですか。片方が出来りゃ、もう一方も出来なくちゃ」
老人のあごひげが揺れ、いたずらっぽい目が奇妙に輝き、こともなげに言った。
「芸術家はみんなやっている」
ダンは胸騒ぎを覚えてやっとのことで言った。
「それは言い逃れですよ。誰でも絵と本物の違いとか、映画と人生の違いとかは分かりますよ」
老人がささやいた。
「しかし、現実味を帯びれば帯…