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夢の谷
ゆめのたに |
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作品ID | 62189 |
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副題 | 惑星シリーズその2(火星後編) わくせいシリーズそのに(かせいこうへん) |
原題 | Valley of Dreams |
著者 | ワインバウム スタンリー・G Ⓦ |
翻訳者 | 奥 増夫 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
初出 | 1934年 |
入力者 | 奥増夫 |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2023-06-03 / 2023-05-15 |
長さの目安 | 約 43 ページ(500字/頁で計算) |
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火星後編
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エアリーズ探検隊のハリソン隊長がロケット先端の小型望遠鏡から目を離した。
「あと最大2週間だ。火星が地球に逆行するのは、ほんの70日間だけ。この拘束期間に帰還しないと1年半待たねばならん。つまり母なる地球が太陽を回って再び我々を捕まえるまでだ。きみ、ここでひと冬過ごしたいか」
探検隊の化学者ディック・ジャービスが書類から顔を上げて身震いした。
「いっそ液体空気タンクのほうがましですよ。-60℃の夜はたくさんだ」
隊長がつぶやいた。
「そうだな、初の火星探検はその前に出発してこそ成功だ」
「帰還すれば、でしょ。あんなおんぼろロケットは信頼しない。先週、スーリ砂漠の真ん中に予備機で放り出されたから信頼しない。ロケットから歩いて帰る気分は新鮮だったが」
「それで思い出したが、フィルムを回収せねばならん。フィルムは赤い火星から帰還したら重要だ。覚えているか。初の月面写真に大衆が群がったのを。我々の写真にも、わんさか来るはずだ。放送権もだ。科学委員会に利益を見せられるかもしれん」
「私が興味あるのは自分のもうけさ。たとえば本。探検本はいつも人気だ。『火星のデザート』どうです、この題は」
「ダサい、料理本のようだ。『火星の愛欲生活』とかそんなのがよいぞ」
ジャービスが苦笑いした。
「とにかく、地球に帰ったら儲けは戴くさ。二度と地球から出るもんか。成層圏で飛ぶほうが良い。地球に感謝しなくちゃ。乾ききったこの大地の苦労ときたら」
「賭けてもいい、おまえは再来年ここに戻ってくる。友達に会いたいだろう、あのいたずらダチョウに」
と隊長がニッと笑った。
「トウィールですか。あのとき見失いたくなかった。いい奴だった。奴がいなかったら夢怪獣から生還できなかった。手押車・生物との戦いも。礼をいう暇もなかったが」
「あほなお2人さんだ」
ハリソン隊長が目を細めて舷窓から、灰色の陰気なシンメリウム海を眺めた。隊長が一息入れて、言った。
「太陽が昇るぞ。いいか、ジャービス。君と、リロイで予備ロケットに乗って、フィルムを回収してくれ」
「私と、リロイですか。なぜプッツじゃない? 技術屋のプッツならロケットが壊れても戻れますよ」
隊長は船尾のほうを顎でしゃくった。そこから一瞬、ガンガンたたく音や、罵声がした。
「プッツはエアリーズ宇宙船を点検中で、出発まで手一杯だ。全ボルトを調べたい。出航してから修理では遅すぎる」
「もしリロイと私が墜落したら? 予備機はあれが最後ですよ」
隊長が笑いながらぶっきらぼうに言った。
「別なダチョウをつかまえて歩いて戻れ。トラブッたらエアリーズ宇宙船で探してやる。あのフィルムは重要だ。おい、リロイはどこだ」
小柄で小粋な生物学者リロイが現れた。怪訝な顔だ。
「君とジャービスで備品回収に行く…