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タイタン横断
タイタンおうだん
作品ID62460
副題衛星シリーズその1(タイタン)
えいせいシリーズそのいち(タイタン)
原題Flight on Titan
著者ワインバウム スタンリー・G
翻訳者奥 増夫
文字遣い新字新仮名
初出1935年
入力者奥増夫
校正者
公開 / 更新2023-11-24 / 2023-11-06
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


タイタン


[#改ページ]

 絶え間のない暴風轟音は、まるで天地創造以来の拷問のようで、2人は滑りまろびつ、氷棚へ一時待避した。きらめく氷針雲が流れ、明るい夜空を虹色に染め、-60℃の冷気が発砲ゴム服を通して伝わった。
 女が男のヘルメットにバイザーを押しつけて、冷静に言った。
「これで最後じゃない、ティム? 嬉しい、一緒に来られて、最後も一緒だから」
 男が絶望してうめくと、暴風が木々を吹き飛ばした。男は視線をそらし、惜しむように昔を振り返った。

 2142年は皆の記憶通り、経済が破綻した年だった。まさにこの年、惑星貿易会社が倒産し、不景気の到来を告げた。ほとんど全員が思い出すのは、2年間の熱狂的投機、破綻前のことだ。
 その昔、2030年はホッケンロケットが開発されたり、ロシアが不毛不要な月の領土を併合したり、国際探検によって火星に古代文明があったとか、金星に文明の萌芽が見られるとか……。この金星報告により惑星貿易会社が設立され、後年倒産の憂き目に会った。
 今となっては誰を非難すべきか分らない。勇敢な遠征隊員はみんな疑いの目で苦しめられた。うちの2人がパリで殺されたのはわずか1年ちょっと前、犯人はおそらく執念深い同社の投資家だろう。金の為ならやりかねない。金の亡者は、得てして危険を顧みず、強欲をこき、挙句の果て、会社が倒産すると、生け贄を探し、手頃で不運な者を攻撃する。
 少なくとも信憑性はともかく、噂で驚いたのは地球の鉄と同じくらい金星では金が豊富だとされ、そのあと悲劇が起きた。誰も考えが及ばなかったことは、金星の密度が地球よりも小さく、金や重金属が月のように皆無と言わないまでも、極めて希だってこと。
 噂は伝染病のように広まり、流れた話は、遠征隊員が金持ちになって帰還した由。隊員のやったことは、どうやら親切な金星原住民に数珠玉やジャックナイフを渡し、金のカップや金の斧や、金の装飾品と交換したらしい。
 急造惑星貿易会社の株は額面50ドルから1300ドルへ急騰した。膨大な含み資産が発生し、文明社会は投機熱に浮かれ、食品、家賃、衣類、機器などの新需要を見越して、あらゆる価格が高騰した。
 我々は皆、結果を知っている。同社は2回にわたって探検隊を派遣し、長いこと熱心に金塊を探した。原住民を見つけると、原住民は数珠玉やジャックナイフを欲しがったが、金塊は全く持っていなかった。
 戦利品としては、素敵な小型彫り物、科学的に貴重な銀少々、金星海から採れたわずかな真珠の偽石で、金塊はなかった。何も配当金を貪欲な株主に払えないし、何も噂の金品を確約するものがなかったので、ひとたび真実が分ると、たちまち同社の株は暴落した。

 失敗で動揺したのは投資家だが、非投資家も同様で、その中にティムシィ・ディックと妻のダイアンもいた。2142…

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