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鴨川アンダーグラウンド
かもがわアンダーグラウンド |
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作品ID | 62477 |
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著者 | 澤西 祐典 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「京都文学レジデンシー トリヴィウム」 京都文学レジデンシー実行委員会 2022(令和4)年3月31日 |
初出 | 「京都文学レジデンシー トリヴィウム」2022(令和4)年3月31日 |
入力者 | 円城塔 |
校正者 | Juki |
公開 / 更新 | 2024-02-06 / 2024-02-06 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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街や鴨川のほとりで、道ゆく人々の胸元やカバンをよく御覧なさい。そこに鴨のピンバッジがついていれば、彼らは秘密結社の一員かもしれない。
人目を忍ぶように暗がりに身を寄せ、眼光鋭く辺りに一瞥をめぐらす者など特に怪しい。その人物を注意深く追跡し、それからあなたに多分に運があれば、彼(あるいは彼女)が、河原のベンチ裏やカッフェーに仕組まれた隠し扉にさっと姿をくらませ、鴨川の底にひろがる雄大な地下世界へと旅立つ場面を目撃できることだろう。
鴨川アンダーグラウンド。我らが秘密結社の創始者として、イヅル・シンムラーの名が伝わっている。鴨川を愛する念が激したあまり、彼は史書、古文書の類に「鴨川」の文言を追い求め、挙句、Emperor Shirakawa の有名な一節に行きついた。「わが意にかなわぬは、山法師、双六の賽、鴨川の水のみ」。すなわち、「鴨川の面はままならねど、地下なら如何ようにもできようぞ」。以来、イヅルは Shirakawa の遺した地下空洞を捜しもとめ、その発掘に成功した。つまり、結社の真の創設者は、白河法皇であるともいえる。
地下への入り口はそこかしこにある。足をくじいたときには、シカが背中に負ぶっていってくれる。もしくは、鴨川タクシー(鴨の親子をあしらったトレードマークですぐにそれと分かるだろう)が、さっと目の前に現れ、あなたを乗せていってくれるかもしれない。運が良ければ、オオサンショウウオが扉の前で出迎えてくれる。
暗く、狭い、じっとりとした入り口を抜けると、細い通路がつづく。地下の闇は幾重にも暗幕を張りめぐらせ、あなたを迎え入れる。地上の光はもろく、儚い。はるか後方、幾億光年にも感じられる彼方に地上は置きざりにされ、日輪の運行から切り離された常闇があなたの視界を呑みこんでゆく。むろん、そこには電波も届かない。湿った空気が肺を満たし、おそるおそる歩を進める自分の跫音が耳を穿つ。
細い隧道の果てに、やがて広々とした通路へと辿りつく。電車が通れるほどの広大な地下空洞に水が溜まり、足元を第二の鴨川がのたのたと流れてゆく。やがて何やら明るい太鼓の音色が聴こえてくる。どこかで陽気な一団が巡行しているらしい。鼓や桶太鼓といった和太鼓、タムタムにトムトム、ティンパニにタンボリン、ブラジルのスルド、ジャンベ、パンデイロにメソポタミアのフレームドラム。闇の奥で、互いを讃えあい、陽気な音を弾むように響かせあっている。
通路は、無数なちいさな洞穴につながっている。なかには、そうした小部屋を占拠し、愉快な店を開く輩もいる。したたる鴨川の地下水で、コーヒーを淹れる店もあれば、瞑想によって難事件を忽ちのうちに解決するハンモック探偵 KenKen の事務所や、地上では週に二日しか店を開けないガレット・デ・ロワ専門店が、年中無休で営業している。スパイスカレーの店が三軒隣り…