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適応極限
てきおうきょくげん
作品ID62679
副題怪奇シリーズその1
かいきシリーズそのいち
原題The Adaptive Ultimate
著者ワインバウム スタンリー・G
翻訳者奥 増夫
文字遣い新字新仮名
初出1935年
入力者奥増夫
校正者
公開 / 更新2024-03-28 / 2024-03-17
長さの目安約 40 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ダニエル・スコット医師は夢中になって黒い瞳をめらめら輝かせていたが、やっと一息ついて外の街並に目をやった。
 窓から見えるのは街の一部、部屋はハーマン・バック院長室、所はグランド・マーシ病院。一瞬の沈黙があった。
 バック院長が、やや鷹揚に、ちょっと、うっとうしげに微笑み、若い生化学者スコット医師の顔を見た。
「ダン、続けてくれ。つまり、こういうことだな。病気や怪我が治るのは一種の適応にすぎないと。……それで?」
 ダンは紅潮して、
「それで、一番適応性が高い生物を探しました。何だと思いますか。昆虫、とうぜん昆虫です。羽を切っても生えてきます。頭を切断して、同種の首なし別個体にくっつければ元のように動きます。適応性がすごい秘密は何でしょう?」
 バック院長が肩をすくめ、
「何だい?」
 ダン・スコット医師は不意に沈んでつぶやきながら言った。
「確信はないのですが、きっと分泌腺、一種のホルモンのはずです。失礼、横道にそれました。一番適応性の高い昆虫をさんざん探しました。何だと思いますか」
 と再び快活になった。
「アリか、ハチか、白アリか」
 とバック院長が探りを入れた。
「いやあ、そいつらは一番進化していて、一番適応性がないので、違います。突然変異する割合の高い昆虫が1種います。変種を多く創り出し、生物学的にとても面白い昆虫です。モーガンが硬エックス線遺伝実験に使ったミバエ、つまりショウジョウバエですよ。覚えているでしょう。元々は赤眼だがエックス線を当てると白眼の子が生まれ、突然変異して白眼だけ育ちます。獲得性質は遺伝しませんが、これは遺伝します。だから……」
「知っとる」
 とバック院長がさえぎった。
 スコットは一息入れて再開、
「だからショウジョウバエを使いました。腐敗体を雌牛に注射して、最終的に血清を採取し、何週間もかけてアルブミンを滴下、真空乾燥、精製……。でも技法には興味ないでしょう。とにかく血清を入手しました。これを結核にかかったモルモットに注射したのですが――。治ったんですよ。結核菌に適応したのです。狂犬病にかかった犬にも試しました。これも治癒。背骨の折れた猫にも試し、くっついたのです。そこでお願いがあるんですが、人間に試す機会をいただけませんか」
 バック院長が渋い顔をしてすごんだ。
「準備不足だ。2年ばかり早い。サルで試せ。そのあと自分に試せ。そんな未熟な実験に人命は晒せない」
「ええ、でも治験対象がありません。サルなら、理事会で購入資金を認可してください。できますか。そうすれば試します」
「じゃあ、ストンマン基金へ相談しろ」
「それじゃグランド・マーシ病院は信用を失いますよ。聞いてください、院長、お願いですから1回チャンスを下さい。治験患者をなんとか……」
 院長は睨みつけ、両手で制止して、
「治験患者は人間だぞ。いいか、ダン、何回も…

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