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グラフ
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作品ID | 62684 |
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副題 | 怪奇シリーズその6 かいきシリーズそのろく |
原題 | Graph |
著者 | ワインバウム スタンリー・G Ⓦ |
翻訳者 | 奥 増夫 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
初出 | 1936年 |
入力者 | 奥増夫 |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2024-08-31 / 2024-08-27 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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フィリックス医師が黒鞄を机に無造作に放り投げて言った。
「良くなっていますよ。えーと、今回はずいぶん長いですね」
患者はレビンスン通販会社の社長だ。袖まくりをおろし、医師を冷ややかに見つめて、文句を言った。
「その台詞は前にも聞いた」
「体調はいいんじゃないですか」
通販王が渋々うなずき、豪華な社長室を眺めながら、
「ああ、期間は別だ。ところで、なぜ何もしてくれない? これが新しい医療か。患者自身に治させるって。なら、医師は要らないぞ」
「前に確か言いましたよ。3年半前、始めて呼びつけられたとき、処方を申し上げました。それを守らなかったのですから、文句を言わないで下さい」
「休暇だの、安静だの、気分転換だの、旅行だの、引退だの……。いまの仕事をほっぽって、できるか」
「やればできたはずです。ちょっと、いやちょっぴりのお金でしょう、あなたには」
「お金か、ふん。事業には私が必要なんだ」
「あなたがいなくても、同じことでしょう」
「いや、同じじゃない。私には株主や従業員に責任がある。事業はうまくやらねばならん、さもないと金や仕事を失う。お人好しにへまをさせられるか。逃げた魚は大きかったなんてたわごとを……。馬鹿な」
「言い訳ですね。行きたくなかったからでしょう」
「馬鹿なことはできんだろ」
「そういうことじゃないでしょう」
医師は社長室の備品に手振りして、
「忙し過ぎて私の病院まで2ブロックも歩く時間がない、と言うんじゃないでしょうね。代わりに、私を呼びつけて診察させて……」
社長が黙って指差したのは、机に散らばった書類の山。
医師が小馬鹿にして、
「それに縛られていますね。図表とか、要約とか、統計とかに……。そんなものは事務員ができるでしょうに」
「うーむ、図表と統計は事業の活力源だ」
「事業があなたの活力源とは[#挿絵]」
「事業から逃げろと言うのか」
「それが私の提案です。誰も活力源だけでずっと生きられません。あなたもできませんし、それが全ての原因です。ですから、あなたの場合、薬や手当が全然効かないのです」
社長がまた眉をしかめて、
「ふん、原因不明の時、君ら医師の勧める安静療法ぐらいは知っている。私は休みたくないし、快調に働き続けさせる何かが欲しいんだ。その何かは、私の知ったこっちゃないがね。私は25年間生きて食べて眠って、事業を夢見ながら、始めて君を呼びつけるまで、1時間も不調になったことがない。それが今は忌々しいことに、良くなったり、悪くなったりだ。原因は私に分るはずがないだろ」
「そうですね、証明する方法はありません。既に診断は告げました。それが私のできる全てです。そのうち正しいことが分るでしょう」
「信じないぞ」
「まあ、申し上げたように、証明方法はありませんがね」
社長が続けた。
「君ら医師は原因じゃなく現象をいじっている。疲れ…