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無窮の淵
むきゅうのふち |
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作品ID | 62685 |
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副題 | 怪奇シリーズその7 かいきシリーズそのなな |
原題 | Brink of Infinity |
著者 | ワインバウム スタンリー・G Ⓦ |
翻訳者 | 奥 増夫 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
初出 | 1936年 |
入力者 | 奥増夫 |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2024-09-29 / 2024-09-23 |
長さの目安 | 約 20 ページ(500字/頁で計算) |
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おそらく誰も選ばぬ職業はイースタン大学の数学助教授だろう、危険だからねえ。教授といえば一般的に物静かで学究的な存在だとされており、数学の先生などは非常に冷静で、不活発の最たるものと思われかねない。だって、いちばん無味乾燥な仕事だもの。
だが、退屈な数値科学にも夢想家はいる。クラーク・マクスウェル、ロバチュウスキー、アインシュタインなどだ。
後者の偉大なアルバート・アインシュタインは、自ら唯一の数式を構築し、哲学者の夢を実験科学に結びつけ、自前の簡単な数式を大いに拡張し、空虚とされながらも不滅である。
そして忘れていけないのが『不思議の国のアリス』を書いたルイス・キャロルも、たまたま数学者だった。私自身はそんな部類ではない。私はとても実務的で、空想など寄せ付けない。数学の講義が仕事である。
少なくとも講義が私の重要な仕事だ。機会があれば産業界の為に統計業務に少々携わり、実際私の名前が紳士録分項で見つかる。アブナー・アレンズ、統計学者・兼・数学コンサルタント。
これで給料の不足分を賄っており、時々面白いことに出くわすことがある。もちろん、このような仕事のほとんどが、メーカーの消費動向や、公益事業の人口動向をグラフ化することである。
時々新進気鋭の広告代理店が相談を持ち込み、イワシ缶詰何個でパナマ運河を埋められるかとか、いきな宣伝に使える情報などを聞きにくる。わくわくする仕事ではないけど、懐には助かった。
というわけで、7月の朝、電話を受けても別段驚かなかった。大学は数週間休講になる。夏期講習は当然行われるが、これぞ助教授の役得だ。私は休みをとって、馴染みのバーモント村へ2〜3日滞在する予定を立てた。ここのカワマスは川岸にプロボクサーや社長や教授がいようが、ちっとも気にしない。だから1人で行くつもりだ。
その理由は、やがて第3四半期になると、大学生と呼ばれるオタマジャクシどもが教室にあふれ、友達関係をやたら求めたがるから、ほとほと疲れ果てて、教授としての才能が一時中断されるからだ。
しかしながら、それほど裕福でないから、まっとうに金を稼ぐ機会は無視しないたちなので、電話は大歓迎だった。
計画したささやかな休日でも、がっちり食らいついて、助教授の薄給の足しぐらいにはできる。それに、かなり儲かりそうだし、簡単な仕事のようだし……
電話の向こうで、
「私はコート・ストローンと申す実験化学者ですが、ちょっとばかり長い実験が終わりまして、結果をまとめて、解析してほしいのですが、この種の仕事は?」
「したことがありますよ、お手の物ですから」
先方は妙に丁寧に、
「私は行けませんので、こちらにデータを取りに来ていただく必要がありますけど」
そして、西7番街の住所を告げた。
そう、以前にもデータを受け取りに行ったことがある。普通は届けてくれたり、…