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土俵の中の日本
どひょうのなかのにっぽん
作品ID62764
著者福永 信
文字遣い新字新仮名
底本 「文學界 第七十八巻第十号」 文藝春秋
2024(令和6)年10月1日
初出「文學界 第七十八巻第十号」文藝春秋、2024(令和6)年10月1日
入力者福永信
校正者大久保ゆう、Juki
公開 / 更新2026-01-01 / 2025-12-30
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 アントニオ・マヌエル・デ・オリヴェイラ・グテーレス国連事務総長が祈りの途中で幻想的なヴィジョンを初めて見たのは、二年前の春のことだった。家具がいくつもキラキラ光りながら浮かんでおり、とりわけ白く輝いていたのが非常に長いテーブルであった。テーブルの一方の端は孤独な惑星のように遠く感じられた。オイと呼びかけてみると、かなり長く待ってから、耳もとにズドラーストヴィチェと聞こえた。目を凝らして先を見るが、光が小さく瞬くだけで人影も何も見えなかった。
 次に見たのはこんなヴィジョンだった。国連の安保理緊急会合で米国代表が光っていた。二人いるように見えた。二人は並んで座り採決の際、共に手を挙げた。二票分あると主張した。正常な議事が進行できないと書簡で警告を告げたが、間違っているのはあなたの方だと逆に言われた。
 半年ほど前のことだったか、ある晩、いつものように深く祈っていたが、頭頂部が熱くなってきたなと思ったそのとき湖のヴィジョンを見た。日本の琵琶湖であるとすぐにわかったがどうも様子がおかしかった。思っていたのよりもかなり小さかったからである。両手で持てるほどであり、実際持ち上げてみると軽かった。近年の度重なる渇水の影響だと思われた。その証拠にふだんは湖底に沈んでいる坂本城の石垣が露出していた。このまま何の対策も施さなければ湖は消失するだろう。地球沸騰時代の到来はまさに喫緊の課題であることを改めて痛感した。
 それからしばらくたったある日のこと、いつものように祈りを捧げていると、今度もまた湖のヴィジョンが見えた。先日とはちがって、白く氷をいただいており、その姿は弧を描き、桁外れな大きさだった。バイカル湖だな、と、彼は確信した。驚くべき深さと貯水量を誇るこの最古の湖がブクブクと泡立ったかと思うとたちまち水位が低くなって湖底から琵琶湖の一部が見つかった。六ヵ月が経過したが所有権者は現れなかった。琵琶湖の引き渡しについて米国側は興味を示し、本国に持ち帰り前向きに検討すると述べた。琵琶湖にこだわる理由については様々な憶測が流れたが退役軍人会の意向が強かったという。上空からの目印としてよく見下ろしていたその東洋の湖に親しみを感じているようだった。またこの東洋の湖には捕虜収容所があり、干拓や農作業をやらされたという話を覚えている家族が何組かあった。結局ロシアが米国に売却し、移設先はアラスカ州のカトマイ国立公園と決まった。バイカル湖からの引き上げ作業は困難を極めた。予定よりも遅れて翌年になったのは、持ち上げようとしても網が破れてしまったからである。意外にも追いサデという昔ながらの漁法が役立った。トラックに詰め込まれて陸路、アラスカに向かった。湖底から縄文土器や弥生土器、須恵器などが出てきたが、これらはロシア国立歴史博物館に寄贈された。ホンモロコ、スジエビなどは水をかけると元気に泳ぎ…

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