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二人の友
ふたりのとも
作品ID675
著者森 鴎外
文字遣い新字新仮名
底本 「新潮日本文学1 森鴎外集」 新潮社
1971(昭和46)年8月12日
初出「アルス」1915(大正4)年6月
入力者柿澤早苗
校正者湯地光弘
公開 / 更新1999-10-16 / 2014-09-17
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は豊前の小倉に足掛四年いた。その初の年の十月であった。六月の霖雨の最中に来て借りた鍛冶町の家で、私は寂しく夏を越したが、まだその夏のなごりがどこやらに残っていて、暖い日が続いた。毎日通う役所から四時過ぎに帰って、十畳ばかりの間にすわっていると、家主の飼う蜜蜂が折々軒のあたりを飛んで行く。二台の人力車がらくに行き違うだけの道を隔てて、向いの家で糸を縒る[#挿絵]車の音が、ぶうんぶうんと聞える。糸を縒っているのは、片目の老処女で、私の所で女中が宿に下がった日には、それが手伝に来てくれるのであった。
 或る日役所から帰って、机の上に読みさして置いてあった Wundt の心理学を開いて、半ペエジばかり読んだが、気乗がせぬので止めた。そしていつもの[#挿絵]車の音を聞いてぼんやりしていた。
 そこへ女中が知らぬ人の名刺を持って来た。どんな人かと問えば、洋服を著た若い人だと云う。とにかく通せと云うと、すぐにその人が這入って来た。
 二十を僅に越した位の男で、快活な、人に遠慮をせぬ性らしく見えた。この人が私にそう云う印象を与えたのは、多く外国人に交って、識らず知らずの間に、遠慮深い東洋風を棄てたのだと云うことが、後に私にわかった。
 初対面の挨拶が済んで私は来意を尋ねた。この人の事を私はF君と書く。F君の言う所は頗る尋常に異なるものであった。君は私とは同じ石見人であるが、私は津和野に生れたから亀井家領内の人、君は所謂天領の人である。早くからドイツ語を専修しようと思い立って、東京へ出た。所々の学校に籍を置き、種々の教師に贄を執って見たが、今の立場から言えば、どの学校も、どの教師も、自分に満足を与えることが出来ない。ドイツ人にも汎く交際を求めて見たが、丁度日本人に日本の国語を系統的に知った人が少いと同じ事で、ドイツ人もドイツ語に精通してはいない。それから日本人の書いたドイツ文や、日本人のドイツ語から訳した国文を渉猟して見たが、どれもどれも誤謬だらけである。その中でF君は私が最も自由にドイツ文を書き、最も正確にドイツ文を訳すると云うことを発見した。しかし東京にいた時の私の生活はいかにも繁劇らしいので、接近しようとせずにいた。その私が小倉へ来た。そこで君はわざわざ東京から私の跡を追って来た。これから小倉にいて、私にドイツ語を学びたいと云うのである。
 これを聞いて私はF君の自信の大きいのに驚き、又私の買い被られていることの甚しいのに驚いて、暫く君の顔を見て黙っていた。後に思えば気の毒であるが、この時は私の心中に、若し狂人ではあるまいかと云う疑さえ萌していた。
 それから私は取敢ずこんな返事をした。君は私を買い被っている。私はそんなにえらくはない。しかし私の事は姑く措くとして、君は果して東京で師事すべき人を求めることの出来ぬ程、ドイツ語に通じているか。失敬ながら私はそれを疑う。…

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