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機関車
きかんしゃ
作品ID714
著者佐左木 俊郎
文字遣い新字新仮名
底本 「佐左木俊郎選集」 英宝社
1984(昭和59)年4月14日
入力者大野晋
校正者しず
公開 / 更新1999-09-24 / 2014-09-17
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 その線は、山脈に突き当たって、そこで終わっていた。そしてそのまま山脈の貫通を急がなかった。
 山脈の裾は温泉宿の小さい町が白い煙を籠めていた。停車場は町端れの野原にあった。機関庫はそこから幾らか山裾の方へ寄っていた。温泉の町に始発駅を置き、終点駅にすることは、鉄道の営業上から、最もいい政策であったから。
 終列車を牽いて来た機関車はそこで泊まった。そして翌朝の最初の列車を牽いて帰って行った。
 終列車の機関車には、大抵、若い機関手が乗って来た。そして同じ顔が、五日目毎ぐらいの割に振り当てられていた。それは若い独身の機関手達の希望からであった。その出張費が、ちょうど、温泉の町での、一晩の簡単な遊興を支えることが出来たから。

     二

 吉田は終列車組の若い機関手であった。
 併し吉田は、温泉の町の遊廓へ、出張費を持って行くことが殆んどなかった。彼は出張費の大半で新しい本を買うことにしているのであった。
「吉田! てめえ、いい歳をして、よく我慢していられるなあ? ピストン・ロットに故障でもあんのかい?」
 仲間の機関手達はそんな風にいうことがあった。
「馬鹿いうな! 故障なんかあるもんか。僕は、てめえ等のように、やたらと蒸気を入れねえだけのことさ。」
 吉田は口尻を歪めるようにして、軽く微笑みながら、そんな風にいった。
「だからさ。たまには無駄な蒸気も入れて、ピストン・ロットぐらいは運転させなくちゃ、人間として、機関車の甲斐がねえじゃないか?」
「僕は第一、機関車だけで運転するっていうようなことが嫌なんだ。まして、ピストン・ロットを動かしたいだけのことで、わざわざあんなところまで行くのは嫌なんだ。」
 要するに吉田は、女性を単なる快楽の対象として取り扱うのが嫌な気がするのであった。何かしらそこに相互的な関係を考えずにはいられなかった。

     三

 機関庫裏には、滝の湯の方への、割合に平坦な路が一本うねっていた。吉田は機関庫の宿直室からぬけて、よくそこへ散歩に出て行った。
 若々しい青葉の晩春で、搾りたての牛乳を流したような靄が草いきれを含んで一面に漂っていた。吉田は口笛を鳴らしながら、水色の作業服のズボンに両手を突っ込んで、静かに歩いた。遠くから、湯の川の音が睡そうにとぎれて来た。野犬が底の底から吠えたてていた。
「機関手さん! 御散歩?」
 靄の中から病気の繊い女の声がした。
 吉田は口笛を止めて振り返った。鼠色の女の姿が、吉田の胸の近くまで、跳ねるようにして寄って来た。
「機関手さん! 済みませんが、私を送って行って下さらない?」
 顔を伏せるようにして、女は、袂の端を噛みながら低声にいった。白粉の匂いと温泉の匂いとが、静かに女の肌から発散した。
「ね! いけませんこと?」
「…………」
 吉田は、ひどく当惑した。彼は黙って…

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