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季節の植物帳
きせつのしょくぶつちょう
作品ID715
著者佐左木 俊郎
文字遣い新字新仮名
底本 「佐左木俊郎選集」 英宝社
1984(昭和59)年4月14日
入力者大野晋
校正者しず
公開 / 更新1999-09-24 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     序言

 植物のもつ美のうちで、最も鋭く私達の感覚に触れるものは、その植物の形態や色彩による視覚的美であろう。それから嗅覚的美、味覚的美といった順序ではないかと思う。併し、私達の心の中のロマンチストは、その伝説を聞き、名称の持つ美から、未知の植物に憧れることが少なくない。そしてまた私達のセンチメンタリストは、廃墟に自然が培う可憐な野草に、涙含ましい思いを寄せることがある。
       ○
 植物の生理的作用は、その形態と色とによって植物体の美を表現する。深緑の葉、真紅の花、さては薄紫の色に、或いは淡紅色に…… そして春の野は緑に包まれ、夏の森林は深緑がしたたり、秋の林は紅葉の錦を纏う。落葉樹が寒風に嘯き早春の欅の梢が緑の薄絹に掩われるのも、それは皆すべて植物の生理的必然の作用に他ならない。
       *
 併し、私達の詩的感情は、何が故にと、その植物固有の、所生や境遇や季節による生理的必然の作用としての生理的変化を探究しようとするのではない。私達はその科学的見地から離れて、それらとりどりの植物が、いつの季節に、いかなる境遇において、最も強く私達の美的感覚に触れるかを、その所生の境遇と外囲の関係とにおいて、その植物固有の美的表示を知ろうとするだけである。
       ○
 例えば、菌、苔、藻草のような植物でも、その所生の境遇と外囲の関係とによって初めて私達の詩的感覚を打つのである。樅、落葉松、栂などのように、深山に生ずる植物は、深山の風景に合わせて見なければ趣が少ない。柳、蓼、蘆などのように、水辺の植物は水に配合して眺めなければその植物の美的特徴を完全に受け取ることは不可能と言っていい。その他、丘陵、高山、原野、沼沢、砂地、海辺、田圃、河畔、庭園など、その土地に在る植物の美を知るには、その植物それぞれの所生の状態、季節や気象に伴うて現わす変化、又は花と昆虫、或いは果実と鳥との関係というように、一々その自然との関係に就いて観察する必要があると思う。

     福寿草

 福寿草は敏感な花です。最も鋭敏に温度を感ずる野草です。福寿草は残雪のまばらな間から微かな早春の陽光をあびて咲き出るのです。そしてとても光に感じ易く、光を憧れる花なのです。夜明けの微光とともに開いて、夜の暗さとともに眠るのです。太陽の輝きが燦爛たれば燦爛たるほど元気で、曇れば福寿草も元気なく項垂れます。寒さと暗さとをおそれる臆病な花だけに、あどけなく可愛らしい花です。
       ○
 春の訪れを最も早く感ずるのは、あらゆる野草のうちで福寿草が一番早いような気がします。朝の縁先に福寿草のあの黄金色の花が開いているのを見ると、私達はなんとなく新春の気分に浸って来ます。また、それとは反対に、春になっても、福寿草の花が咲かないと、陽春の季節を迎えた気分にはなれないのです。
    …

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