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緑の芽
みどりのめ
作品ID720
著者佐左木 俊郎
文字遣い新字新仮名
底本 「佐左木俊郎選集」 英宝社
1984(昭和59)年4月14日
入力者大野晋
校正者しず
公開 / 更新1999-10-18 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 弾力に富んだ春の活動は、いたるところに始まっていた。
 太陽は燦爛と、野良の人々を、草木を、鳥獣を、すべてのものを祝福しているように、毎日やわらかに照り輝いた。農夫は、朝早くから飛び起きて、長い間の冬眠時代を、償おうとするかのように働いていた。
 菊枝はまだ床の中で安らかな夢に守られているらしかった。父親は、朝飯前にと、近所へ出掛けたきり、陽は既に高く輝いているのにまだ戻らなかった。祖父は炉端で、向こう脛を真赤にして榾火をつつきながら、何かしきりに、夜更かし勝ちな菊枝のことをぶつぶつ言ったり、自分達の若かった時代の青年男女のことを呟いていた。そして時々思い出したように、どうしても我慢がならねえ……と言うように、菊枝の眠っている部屋の方へ、太いどら声で呼びかけた。
「菊枝! 菊枝! もう、午になってはあ! もう、てえげに起きだらいかべちゃは。」
 こう祖父は、幾度となく呼び起こした。けれども、彼女は、すやすやと眠っているらしく、なんとも答えなかった。
 彼女が自分自身の時間を惜しむ近頃の癖から、もう一つは口やかましい祖父に対する反感から、眠り果てぬ眠りを装うているのだということは、祖母も母も感付いていた。が、母は、彼女の真実の母でないという遠慮から、彼女を起こしに行くだけの大胆さはなかった。祖母はまた、軒の下や庭に散らばっている塵を掃き蒐めながら、揺り起こしに行こうか、いま揺り起こしに行こうかと思いながらも、また一方では、自分の娘以上に手をかけて育てた子供だけに、ただの一分間でも余計にじっと寝かして置きたいような気がした。
「本当に、今時の娘達は気儘なもんだ。」
 祖父はとうとう独り言を始めた。
「夜は夜で、夜業もしねで、教員の試験を受けっとかなんとかぬかして、この夜短かい時に、いつまでも起きてがって、朝は、太陽が小午になっても寝くさってがる。身上だって財産だって、潰れてしまうのあたりめえだ……」
 彼女の継母は、祖父のこの呟きを、快く聞き流しながら、背中に小さな子供を不格好に背負い込んで囲炉裏で沢山の握り飯を焼いていた。
 祖母は戸外から這入ってきて、あまりにも口やかましい祖父に、不機嫌な視線を投げかけた。併し、祖父はそれどころではなかった。もう既に焼き飯も焼けているのに、菊枝が起きてこないと言うだけのことで、魚を漁りに行く時間が遅くなるのに、まだ朝飯にならないのだから。子供達も、学校の時間に急きたてられながら、飯になるのばかりを待っていた。
「学校さ行く小児も、やきもきしていんのに……」
 祖父は最後にこう呟いて、真赤にやけた向こう脛を一撫でして腰を伸ばした。そして、菊枝を蹴起こしてやるというような意気込みで、彼女の寝ている部屋に這入って行った。

     二

 みんなが食卓のまわりを襤褸束を並べたように取り巻いて、いざ食事にかかろう…

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