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殺人行者
さつじんぎょうじゃ |
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作品ID | 728 |
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著者 | 村山 槐多 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「村山槐多全集」 彌生書房 1963(昭和38)年10月30日 |
入力者 | 小林徹 |
校正者 | 高橋真也 |
公開 / 更新 | 1999-03-02 / 2022-11-24 |
長さの目安 | 約 27 ページ(500字/頁で計算) |
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(一) 闇の収獲
自分は画家であるが自分の最も好む事は絵を描く事でなくて『夜の散歩である』[#「『夜の散歩である』」はママ]。彼の都を当てどもなくあちこちとうろつき廻る事である。殊に自分は燈火すくなき場末の小路の探偵小説を連想せしめる様な怪しき暗を潜る事が無上に好きである。或冬の夜であつた。九時の時計の打つのを聞くとまた例の病がむら/\と頭に上つて来た。『さうだ。また今夜も「闇の収獲」に出掛けよう。』と外套をかぶつて画室の扉を出た我が足は、それから三十分の後には都の東北なる千住の汚き露地の暗中を歩いて居た。すると自分の前を一人の矢張り黒外套を被つた黒帽の男が行く。自分はその男が痛く酔つて居るのを見た。そして追ひ付いて抜け過ぎる瞬間、その男の横顔を覗き見た自分は思はず一条の水の奔ばしる様な戦慄を禁じ得なかつた。この世の物とも見えないばかりに青いその顔は、酒の為か不思議な金属的光沢を帯びて居る。暗中でよくはわからないが、真珠の如く輝くおぼろなる其眼の恐ろしさは、一秒も見続ける事が出来ない程だ。背高く年三十代の全体に何となく気品ある様子が自分の好奇心をひいた。自分はそこまでわざと男の後になつてそれとなく尾行して行くと男はあつちへよろめきこつちへよろけつゝ約一丁ばかり歩いたが、そこの見すぼらしい居酒屋の障子を見ると立止まつた。そして顫ふ手で障子を開けて中へ入らうとする途端『あゝまたいつかの狂人が来たよ。』といふ声が聞えて、男は力一杯外へ突き出された。そしてどすんと自分の胸に撞き当つた。自分は『どうしたのだ。』と酒屋へ這入つて問うた。『何あに、是は正真の狂人なので乱暴して困る物ですから。』とお神さんが弁じるのをなだめて、自分はこの男を酒屋へ連れ込んだ。ランプの光はこの男の全体を明かにした。自分は更に驚いた。狂人と呼ばるゝこの男の外貌に、如何にも品よき影の見える事である。自分は直覚的にこの男が或容易ならぬ悪運命の底を経て来た人間である事を見てとつた。そして非常に興味を持つて来た。『まあ君飲み給へ。』と杯を差せば男の恐ろしい容貌には或優し味が浮び、たゞ一息に呑み乾した。そしてじつと自分を見守つたが『ね君。俺は狂人ぢやあ無いんだ。決して決してさうではないんだ。』と言つたその眼には涙がにじんだ。その刹那自分はこの酔漢が溜らなく哀れになつて来た。抱きしめてつく/″\泣きたい様な気持になつて来て『さうとも、君が狂人な物か。』と叫んだ。徳利を更へる時分には自分はこの男を今夜わが家に連れ帰る事に決心してしまつた。『ねえ君。僕のうちへ行つてまた飲まうぢやないか、え、僕は独りぽつちなんだ。淋しくて溜らないんだ。君来て呉れるね。君。』すると此男はしばらくぼんやりした大きな眼で自分を見たが強くうなづいた。自分はすぐ二人で此居酒屋を出た。この男を扶けながら電車通りまで出ると、もう十一…