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無題(二)
むだい(に) |
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作品ID | 7917 |
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著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第二十九巻」 新日本出版社 1981(昭和56)年12月25日初版 |
初出 | 「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2009-04-07 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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世間知らずで母親のわきの下からチラリチラリと限りなく広く又深いものの一部分をのぞいて赤くなって嬉しがったりおびえたりして居る私の様なものが、これから云う様な事を切り出すのはあんまり荷のかちすぎた又云おうと思う全部は必してつくせまいとは思いながら、まだ若い何でも自分の考えて居る事を信じて居易い時の私の心は、それを思ってひかえて居る事が出来ない。思ったまんま間違ったものは間違ったなりに書きつづけて見る。
私の様なまだ知った様で世の中を知らないものは、自分の愛し又高いところへ置いて尊がって居る何でもをひきずりおろしてきままにされると云う事が、まことに自分の誤ちを知った時よりもつらい。
とうてい目を開いて又泣かないでは居られないほどに感じる。
丁度恋人の陰口をきいて逃げかくれる人の気持を持たなければならない。
何にかぎらず芸術と云うものを私は一通りでなく愛し又尊んで居る。
美術も音楽も――
まして文学は私が心中しかねないほど思って居るものである。
多少の迷信さえ持ってこの文学を――広く云えば芸術を愛して居る私は、この頃身ぶるうほどの不愉快さに涙をこぼさなければならないほどいやなみっともない言葉を、尊い芸術のために聞かなければならない時がある。
文壇にかなり知られて居る或る文学者は、
「文学をするなんて云うのも仕事が割合にやさしいと云う事からでより以上にたやすくて仕事があるんならその方に行く」
と云ったのを聞いた事がある。
こんな言葉は人間の中にたった一人の人が云ったことではないけれ共私は眉をひそめてつばをはきかけてやりたい様にさえ思う。何と云う人間らしくない事だろう!
どうしてそんないくじなしなんだろう!
まっかになってげんこをにぎるつぎには、「どうしてまあそんなに私の愛して居る芸術を馬鹿にしてどろっ手でかき廻して呉れるんだい?」
涙をこぼして足元を見ながら云う沈ずんだ暗い気持になって来る。
もとより生活の苦しみなんかをチョンびりも知らない私が生活の波にさからっておぼれまいおぼれまいとして居る人達の心はそんなにはっきりとは分らない。
でも幾分かは分る。知っても居る。
生活の困難な世の中ではなるたけらくで人のうけもいい仕事をしたいのは人間として又あんまり体をつかう事のきらいな今の人間としては必して無理ではあるまいと思われる。
けれ共芸術にだけはそう云う思いを持って親しんではもらいたくないとどんな時にでも思って居る。
只その呼名をきいただけで顔が熱くなるほど真面目に私が愛する芸術をよごさずに置きたいと思う。
ことに文学の様なものはどれだけ人間の生活に大きな影響をおよぼすかははかり知る事が出来ず又それがあんまり見えすいたら私達はおびえなければならないかもしれないけれども文学が良い影響のおよぼされた時を想像すれば私は一寸首をふって微笑す…